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尊徳の遺品(5) 第282回

 岡部善右衛門は積もる話を続けた。
「二宮尊徳翁はかつての師である、初代岡部善右衛門に礼をしようと思い立ちました。墓を清掃後は直ちに両掛けに戻し、元の羽織を着たそうです。後に尊徳翁は故郷栢山の里にて岡部善右衛門を招き、再び相馬公から恩賜の鶴氅をとり出し、そのいわれを詳しく述べ、永く家の宝として欲しいと贈られたのでした」
「すると岡部家ではこの後から家の什宝となったわけだな」
「そのとおりです。しかし、時が移り三年前の明治二十四年、早くも岡部家三代を経て祖父の名をそのままに襲用した私、善右衛門に、不思議なことが起こりました。一夜の夢に一人の異人が現れました」
「なんと異人が夢に現れたというのか」
 なんだか作り話のような話になってきたと、十湖は机の上に頬杖をついていた。
「夢の中の異人とは、髪を振り乱した白装束の老婆で
  ―この家に久しく保管されたる鶴氅があろう。何ゆえこの家にあるのか。このままでは祟りがあろう。速やかにしかるべき人の手に譲るべし。その人はこれより彼方にあり、ゆめ忘れるなよ― と西方を指差したところで、夢から覚めたのです」
「夢の中の異人とは、まさか鶴の化身ではないだろうな」
 一段と怪しい話になってきたので、十湖は冗談を交えて云ってしまった。
 そろそろ話を切り上げたほうがよいかなと思っていた。
「それが私の代になりまして、以前から重なる不慮の禍に、家運は昔のように豊かになりません。果てはその日の家計にも窮するあまり、心ならずも家宝の鶴氅を金に代え、一時の困窮を救おうとしたことがありました」
「それはいかん。尊徳翁が怒って夢枕に立つかもしれない」
「ですが譲るべき人は西の方というだけでは、一体どこの誰だかわからないし、途方にくれておりました。それで親族と相談したところ、人から人に夢の話が伝わって、西に松島十湖ありと思い当たったのです」
「今、目の前にいるのが当の本人だが、いったい何処に鶴氅を譲られる資格があるというのか」
 十湖は先ほど来、冗談半分で聞き入っていたものの、自分の名が口にされて狼狽した。
「十湖様の報徳の教えに功労が多く、二宮翁の終焉の地たる野州今市、半生の活躍の地相州原に於ける報徳二宮神社の創建をはじめ、自費をもって肖像を刻し遺訓を彫り、誕生の地には建碑も予定していました」
「この程度のことは、報徳社の社員なら多かれ少なかれ実践しているはずだ」
「それはご謙遜というものです。これまで風の便りで十湖様の偉業が伝わってきたのです。俄かに旅装を整え箱に秘めたる鶴氅を携え、さらに先先代から伝わる二宮翁直筆の紙数通と

  ふる道につもる木の葉をかきわけて
  天照る神の足跡を見ん

 と詠じられた翁の三十一文字を添え、十湖様の七十二峰庵に向かったところ、浜松の地へ近づけば近づくほど、ますます報徳の偉業の数々が聞こえてまいりました。ぜひ受け取っていただきたいのです」

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