PHOTO吟行 宇連山
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9月の大型連休の初日は田原祭りで楽しむことにしたところ、些細なことですが大きな満足感を得られた一日となりました。
田原町が市に合併でなってから初めておとづれたこの日、随分と町の様子が変わったと感じたのは古い住家が新しくなったせいでしょうか。
祭りは、からくり山車の華麗さが見ものという地元の評判どおり、まつり会館の前に並んだ山車3台のお囃子の競演で気分を一気に盛り上げます。
依然来たときより子供たちが増えているような感じです。
まつりは19日、20日の2日間行われますが、19日は八幡社まで山車をひき回して明日に控えます。
八幡社境内では、甘酒、お神酒、アイスキャンデーまで見物人に振るまってくれ、ここの神様の懐の広さに感謝。
残暑厳しき折、お囃子を聴きながらのアイスのおいしさは格別なものがありました。
09,9,19田原まつりにて
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名のとおり旱魃に苦しむ農民の神事のイメージが強い祭のように思うが、
実はおいらん道中あり、弁慶がいたり、千姫もいたりと歴史上の人物が時空を超えて登場する。
程のいい仮装行列というところか。さて今年の雰囲気は・・・・祭りが始まると、心なしか雲行きが怪しくなってくる。
いつだったか目前が雨で見えなくなる大変な夕立に遭遇したことがあった。
千載一遇の撮影チャンスと思ったが、あいにく雨具を持たないため撮影を断念した。
今回はそんな心配をよそに撮影に専念できたけど、少しばかり物足りない。
帰路、車のフロントガラスにポツリポツリと雨粒が。
やがて西の空が黄金色にかわり夕焼けを背にして東の空に虹がかかった。
地域が変われど天気予報では言わない雨が降った。
これも雨乞のなせる業だったか。
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例年、愛知県豊川市音羽町の赤坂宿で8月の第3週の土日に行われるのだが、
今年はこの日が盆と重なったため1週間後になった。
実はこのことを知らずして今年は出かけた。
町内のあちらこちらに送り火の跡が残っており、どうも様子が変だと気が付いたときは
すでに何人かのカメラマンが町内をうろついていた。
その仲間入りをしてしまった。
せっかく遠方から撮影に来たものは祭がないからといってそのまま帰る訳にはいかないだろう。
同行者にどうするかと思案していたところ、どこからともなく祭囃子が聞こえてきた。
その方向の住家を訪ねてみた。
お囃子の練習中だった。
家人に訳を話し、祭が1週間後に変わったのを確信した。
皆が盆で休んでいるところを雨乞いどころではないと自分に言い聞かせ次週へと期待をつないだ。
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「谷中」とは「やなか」と読みます。
場所は東京上野の隣町といえば分かりやすいでしょう。
山手線日暮里駅を出ればすぐにも谷中の街中へ、寺を中心とした閑静な住宅街です。下町情緒が今も残っていることで写真家の写欲をそそります。
この日、駅を出てそのまま谷中の霊園へ。
最後の将軍として知られる徳川慶喜が眠っています。ここには墓守らしく猫たちがうろうろしていますが・・・。
霊園を抜ければ、住宅街。もともと「谷」があった地域で名がついたと云われています。坂のある静かなたたずまいが広がります。
すこし、散策で撮った写真を紹介しましょう。
ちょっと前の懐かしい町の雰囲気も見受けられるはずです。
ところで、撮影の日の昼食は谷中の江戸前「あなご寿司」を予定。
しかし、突然の知り合いの登場で食べず仕舞い。これだけが悔やまれる撮影旅行でありました。(持ち帰り寿司もあるらしい)
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写真展開催第1回から早20年余の歳月が流れてしまった。
その間多くの会員の方が入っては去っていってしまった。
それでも現在、細々ではあるが写真展を開催できるとはうれしい限りである。
もし当時最高齢の方が現役でいたなら90歳を超えていたかも知れない。当時の会はコンテスト中心のメンバーが主流でどうしたら雑誌や写真コンテストに入賞するのか研究熱心だったような気がする。最近では、写真を楽しむことがメンバーの思いでありコンテストの結果は後からついてくるものと思っている。それと会が継続されることは、中心の会長さんの役割は大きい。ルミナリークラブは実力も兼ね備え、現代にあった作品を生み出す能力と会運営に実行力を発揮する会長の存在価値は計り知れない。
ぜひ写真展をご覧になって会に興味が生まれたなら、どうか会場で会員に声をかけてほしい。
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青島氏の写真展を楽しみながら東京下町を撮影しようと7月はじめ写真仲間3人と上京した。写真展会場は、新宿駅のまん前のエルビル28階にあり、田舎から上京するものにとっては、すこぶる立地が良く、まずまずの評価。写真展はご本人の案内で紹介していただき、玉には「いいもんだなあ」と気持ちよく拝見することができた。会場内は下記写真のとおりである。
個展の主宰者青島氏の話によれば、ここで2週間近くの展示のため近くのホテルに仮住まい。自宅のことはご主人任せだという。先日、2週間の展示が無事終わり、写真クラブの集まりでお会いしたが元気そのもの。聞けば、家を守っていたご主人は途中で体調崩しダウン。菜っ葉ばかり食べていたとか。
写真の道を究めるには多少の犠牲が必要なのかも!?青島氏の今後のますますのご活躍を祈念したい。当クラブの発展のためにも
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自分の所属する写真クラブの一員だが、たいした写真家である。ニコンによるプロフィールを引用すると、「作者はここ十年余り、日本、台湾、タイ、インドとアジアの国々を巡り、その地に暮らす人々の日常の、市街に展開する「私」と「公」とが交差する領域を撮ってきた。
アジアでは、南下するにつれて、台湾、タイ、インドとその空間は混沌化する光景が頻繁に見られた。
今回作者は、一転して西洋文明発祥の地、イタリアのローマを訪れることにした。アジアと異なる文化、宗教、風俗、習慣を持つヨーロッパでは、いかなる空間が写ってくるだろうか。
偉大な歴史、宗教に生き、生かされているローマ。そして多くの優れた文化を生み出してきたローマ。石の文化の都市空間からも、長い時間の残渣が、「私」と「公」の狭間にきらめいていることを確認できたという。モノクロ48点。」長い引用で申し訳ないが、ここを理解していないと彼女の作品を理解するのは困難だと思ったからだ。展示会は東京なので地元の方はちょっと遠い。でも撮影会を兼ねて東京をおとづれて見るのも一考では。
最後にプロフィールを紹介。青島 千恵子(アオシマ チエコ)
静岡県生まれ。浜松市在住。写歴20年。
写真展:1994年「夢歳々」(コンタックスサロン銀座)、同浜松展。2000年「光る音」、03年「光る音Ⅱ―台湾」(以上銀座ニコンサロン)、04年「光る音」(パリ、Galerie Satellite2)、その他グループ展多数。
写真集:2005年「光る音」(冬青社)
98年『アサヒカメラ』月例モノクロプリントの部年度賞1位。
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全国各地で行われる神事だが、愛知県豊川市にある砥賀神社でも毎年5月3日、4日の両日にわたり行われる。
毎年楽しみで写真に収めてくるが、なかなか流し撮りでは気にいるものがない。
神事は本番が5月4日のため3日は予行演習となる。
それでも主役の流鏑馬に乗る騎児は、主に小学生高学年から中学生で、疾走する馬上で両手を広げ布引をなびかせ本場さながらである。人出も多く歓声が上がる。
今回は自分の撮る位置の」前後に若者が陣取り、写真の専門学校か高校の部活だろうか。疾走する馬の砂埃をあびて興奮気味であった。
祭りが終わってその一同が先生と思しき人のところに集まってきた。その先生の話声が聞こえてきた。「シャッター速度はどのくらいで撮ったのか?」と。
やはり、彼らも流し撮りの練習かと思われた。
彼らの撮った写真にどこかでお目にかかることがあるだろうか。きっと、感動していたようだから、写真にもその思いがこもっていることだろう。
祭事は彼らの興奮のとおり12頭の馬がそれぞれ3往復した。その情景は大変勇壮であった。祭りが終われば、もう夏近しだ。
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先日のNHKの番組中、カメラ好きの老人がテレビのドラマに登場した。
見てない方も多いので、ちょっと筋書きを紹介する。
制作者の弁によると「『お買い物』は、田舎のおじいさんとおばあさんが東京にお買い物に行く、ただそれだけのお話です。2人にとっては大冒険ですが、そこにあるのはゆったりとした時間と、何でもない日常。そして無記名の善意。社会の闇も対決も悲恋も出てきません。」と。もう少し親切に紹介すると、家へ閉じこもりの老人に、ある日、東京のカメラ店からのダイレクトメールが届く。
世界の中古カメラ市へのお誘いだ。老人は俄然、行くことを決意する。
しかし、足が悪く、歩くのが覚束ないため、足を鍛え始める。
いよいよ上京の日。老夫婦は東京に住む娘のところに転がりこみ、カメラのお買い物が始まる。
カメラの見本市では、やがて1台の中古カメラに眼がいき、買うか買わないか悩むが、妻の心配をよそに買ってしまう。
じいさんのこの満足感は画面を通じて十分視聴者に伝わる。
久米明と渡辺美佐子の老人夫婦が好演している。こんなあらすじだ。
老夫婦の珍道中は、危うく滑稽ではあるが、視るものの心を和ましてくれる。
また、田舎から東京渋谷までの道中の風景もよい。それに久米老人のカメラを手に入れてからの顔がいい。
カメラ好きはあんな顔をしているなあと、われながら照れくさくなった。
やがて、じいさんは亡くなってしまうが、家族に回想されるシーンでのカメラにまつわるエピソードは、カメラ好きの死に方としては同情するとともに、自分もそうありたいと羨ましくもあった。
いつの日か、じぶんにもそんな日が来るだろうと思うが、このドラマのような筋書きがうれしい。それまでカメラの中古市をやっていてくれると良いが・・・・
ところで、このドラマに登場のよく似た見本市には過去の3回ほど行ったことがある。
いつも大盛況の中古市だ。
でも買ってきたのはこの写真の一台だけ。
探す悦び、買うまでのプロセスが楽しい中古市であった。
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昨年は前厄の年だったようだ。
いつの間にか忘れていて通り過ぎてしまうのではと思っていた。しかし年賀状を書くに及んで思い出してしまった。
それ以来ちょこちょこ気になる災いが起こる。たいしたことはないので気にしなかった。
今年は本厄である。
「1年の計は元旦にあり」のことわざどおり正月早々覚悟していこうと思う。
さて「厄祓い」・「厄除け」はどこでやってもらおうかと思案中だ。
それだけではなく、大厄の年齢では肉体的にも体力の低下や反射神経の鈍化など、衰退が顕著になる時期でもあるので、健康管理などの面でも注意をしていこうと思う。幸いにして畑仕事をするようになり、食の安全性は有機栽培で大丈夫、少なくとも有害な物質が体内に入る余地はない。別に長生きをしたいとは思わないけど、人様に迷惑をかける生きざまだけはしたくないものだ。
いやそんなことを思い巡らす暇などない1年にして災いを跳ね除けよう。
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今年最後の収穫は写真家岡本を知ったことだ。
図書館にはふるきも新しきもさまざまな情報があり利用者しだいでいろいろな発見があるところだが。この日ふと目にとまった「岡本太郎」のタイトル。写真本のコーナーにあるので不審に思い手にとった。
誰かの太郎を題材にした写真作品集かとおもったが、本人が撮ったものだと知って驚いた。書籍の紹介文には日本で初めて「縄文」に美を見いだした岡本太郎はすかさず「日本」最深部に突っ込んでいった。厳寒の秋田から灼熱の四国、沖縄…。彼の鋭い眼が摑みとった物の背後にある「もの」を鮮明に再現する写真集だという。
作品は1950年~の一部が掲載されている。しかも当時の写真機で連続写真を撮っているもので、随分と熱が入っているなと感じる。この状況を垣間見ることができる作品集であり、何よりもネガのポジをみれるのは貴重だ。
「縄文」の写真の中には、なにやら大阪万博時に彼が製作した太陽の塔に良く似た土器があった。ひょっとしたらこれがヒントかも?
写真を志ざすひとに薦めたい一冊である。
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まったくと言って良いほど此処数年は、フィルムカメラが眠りについている。
持ち主自身が取り出さないためでカメラの出番がないわけではない。
デジタルカメラがこんなにまで進化し便利になってくると、フィルムカメラには出番が回らない。
12月号の雑誌日本カメラを開いてみた。
フィルムカメラの宣伝も花盛りと言いたいところだが、ひところのグラビアページを飾るほどのCMは影を潜めてきたみたい。
コンテストの応募作品の方はどうか。フィルムカメラの応募も決して後退していない。全盛期の勢いほどではないが、さりとて気になるほどのデジタル応募が増えてきているようともいえない。
自身の最近カメラへの思い入れが少なくなってきたのは、コンテストへの挑戦する気がなくなり、作品を作ることへの刺激を忘れかけたのかもしれない。
暗室兼趣味の部屋に置かれている引伸機もただの飾りと化している。
雑誌の応募作品を見ているうち、フィルムカメラの息を吹き返してやりたくなった。
いたづら心がうずうずしてきたようだ。
ところでフィルムあったかな。
まずは、仕舞っておいたものを取り出さないと。
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伊勢えびを堪能することと撮影旅行を目的に志摩へ向かった。
宿泊先へ連絡すると、最近、志摩の夕日がきれいだから、案内するとのこころよい返事があった。
しかし当日は雨模様、やむだろうかと心配していたが午後の3時を過ぎたころ、にわかに西の方角の空に青みが見えてきた。
ひょっとすると夕日が見えるのではとの思いから、聞いていた撮影地へと向かう。
その結果は下記の写真のできばえだった。
それに加え、宿のこの日の夕食は伊勢海老の活き造りと鮑のステーキ、サザエのつぼ焼き、鯛やひらめの生き造りなどと豪勢な食卓に一同大いに舌鼓。
そして翌日は、てこね寿司の昼弁当付きで感動だ。
しばらく、こんな豪勢な旅行はなかったなあと思いをめぐらしているところである。
志摩夕日の撮影地紹介http://www.kirari1000.com/map/goomap/yuuhi-asahi.html
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妙なもので車中に流れる音を変えただけで、通勤途上の風景がまるで違って見える。
毎朝、通勤時間はニュースを聞く。
暗いニュースが多いので今回はCDをかけてみた。
流れてきた曲は徳永秀明のアルバムから、「雪の華」。
いつもなら、この時間帯には50CCバイクがのろのろ走っているはずだ。
真黄色のジャケットを着た小柄なおばさんが乗るバイク、低速で道路の際を申し訳なさそうに行く。
こちらもじゃまっけだなと思いつつ行過ぎる。
今日は違った。
通り過ぎる大型トラックの横風にあおられ、ふらふらしている。
渋滞の道は20キロ程度の低速でも、行きつ戻りつ進む。
とうとう彼女の工場の前まで来てしまった。
途中「がんばってるね」って声をかけたくなってしまったが、
無事到着を心で祝った。
他にもう一人、すね毛むき出しの競輪選手風の中年男性。
やはり黄色いシャツ着て自慢そうに自転車のペダルを踏んで行く。
今日は走っていない。何か物足りない光景である。
妙なものでいつも見ている世界が、フィルムの一こまずつ静かに流れていくようだ。
ふと我に返ると、職場の入り口に達していた。
「かもめはかもめ」の曲が終わりのコードを奏でていた。
本日の曲メニュー:雪の華、いい日旅立ち、あの日にかえりたい、未来予想図Ⅱ、かもめはかもめ
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20年ほど前に訪れて以来、久しぶりに来た伊勢の関宿、当時とは隔世の感があった。
まずもって屋根の上が、それとも町並みがすっきりしたというか、垢抜けしたというのか。どうも電柱をなくしてしまったらしい。
それに建物を修復してきれいになったところや、かつて商店だったところはなんとなく宿場の町屋にされてしまっていた。
軒先には正月ではないのに正月飾りがつけられ、まるで明治村博物館の再現のようだ。
依然感じた「かつての宿場がそっくり時代に残る」という思いとは裏腹に、人の生活臭さが感じられなくなっていた。
せめて、写真でその生活観が出るのか、撮ってきたのが次の写真である。
もし感じられるのであれば現代によみがえっている宿場保存運動の成果といえよう。
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静岡県西部の奥座敷、川根本町から赤石林道を往く。
林道のとどのつまりは山犬の段になる。
山小屋と駐車場があり、ハイカーにとって休むには格好の場所だ。
今回はそこまで行かず、手前の大札山登山口へ駐車し、蕎麦粒山に向かって林道に沿った西稜線上を行く。
静かな山歩きが楽しめるはずだ。
登山口まで林道を歩くこと20分程度で登山口に着く。
しばらくは急なのぼりを喘ぎつつ登る。
やがて尾根の最南端に到着し、後は上り下りの稜線歩きに変わる。
稜線のプロムナードは左右に南アルプス最南端の山、そして富士山の秀峰
そういえば、登山口の入口近くには渦巻く木枯らし、今日の天候を物語る。
途中、登山者への注意看板と黄色い「立ち入り禁止」のテープを目の当たりにするが新聞報道されていた滑落現場なのかと少々不安に。
真上の空は、雲が去り明るさが増す。
ところどころに散在し凛と屹立する白銀色の枯木に圧倒される。
ほぼ平均タイムは90分となっていたが、林道からの徒歩を含め2時間程度の山歩きは心地よい。
山頂からの眺めは富士を真正面に据え満足感に浸る。
下りは同じ道を戻るが、時間にしてわずか1時間程度で林道へ出る。
林道を行くのも決してむだではない。
日本カモシカが林道のガード越しに凝視しているとき、サルがアケビを食らっているときなど自然の姿を垣間見ることがある。
今回はちょっと違って、サルの邪魔をしたのかと反省然りである。
なぜって、林道にアケビの実が2つ残っていた。つい衝動で採ってみようとしたところ、つるを引き下げたら、ぽたぽたと実が落ちる。
蔓を引く本人がつるが戻るのを待って拾おうとしたところ、すでに実は反対側の斜面のサルに持ち去られてしまった。
なんとも不覚である。
しかし、自然界のルールを無視しようとした行為がサルに責められた格好になってしまった。
初秋の赤石林道は蕎麦粒山を望みつつ、自然がしっかり頑張っているなと感じた1日であった。
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夕闇迫る頃のソバ畑は、白い花が夕闇に映え一段と美しさが冴える。
この情景を他の人に伝えるのに、なかなか良い表現が思い浮かばない。
写真でも良いが空気間が伝わらない。
案外漢詩の中にはないだろうかと探してみると、いくつかそれらしい詩があった。
なかでも白居易の「村夜」はぴったりの感じがする。
確かに詩の表現は寂しい内容ではあるが、秋野を通り抜ける少し冷え冷えした風の中に、草々が揺れる様とともに、夜陰の中に白く冴えるソバの花が見事に描かれている。
詩は作者の周辺の人間が亡くなったことから、その寂寥感を表現した詩だという者もあるが、この寂寥感こそソバの情景を引き出すのに一役買っているのではと思う。
ソバ畑を表現したい人にお勧めしたい漢詩である。
早速、自分の撮った写真に取り込んでみたが、いかがだろうか。
村夜
詠み方
霜葉蒼蒼虫切切 霜葉は蒼蒼として虫切々
村南村北行人絶 村南村北 行人 絶ゆ
独出門前望野田 独り門前に出でて、野田を望めば
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飯沢耕太郎氏の「写真を愉しむ」・・・を読んだ。
この本は飯沢氏のかつての著作に、最近のデジタル事情を織り込んだ内容と見受けられたが、写真を愉しむ中に写真を集めるという項目に興味をそそられた。
写真を集めることは人の撮った写真集を手に入れることばかりではない。
本物を鑑賞するということ。本物に直接触れるということだという。
このことを通じて写真への愛着と技術を学べると理解する。
そういえば、白黒写真の現像焼付けをしていたころから、すでにデジタル写真時代になって手作業はプリンター処理になった。
印画紙に焼き付けられた作品が急に見たくなった。
一度自分の写真キャビネットの引き出しから取りだして鑑賞し直してみたら、温故知新のことわざのごとく新しい発見があるのかもしれない。
ネットで写真作品を検索してみたところ、なかなかは見えてこない。オークションも開いてみたが、写真家のオリジナルプリントはまたしても見つからない。
出てきたのは古いプロマイドと少女写真そして絵葉書の類。
そういえば写真の歴史は浅い。すでに亡くなった写真家でも美術館ではれっきとした現役。
オリジナル写真は美術館等で収蔵され、しっかり多くの写真愛好家に親しまれているのではないか。
なんか、妙に安堵感を覚えた。
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今年は早くも支部展が終了した。
例年以上に多い来場者で6日間1,000人を超えた。
来場者の皆様には心からお礼申し上げます。
さて、いつも思うのだが展示の場所を氏名のあいうえお順で決めたため、
今回は自分が入り口の一等席となった。
そのためか自分の展示品に少しばかり注目を集めたようだ。
どうしても入り口の作品のよしあしで人の入りは変わるようだが、それだけにインパクトは大切。
思惑通り、人の足をとめたようだ。
自分の出展作品は何気ない池の写真、鯉が泳いでいる冬の景色。
これだけでは平凡なため、作品ポジの反転をちょっと加えた。
もちろんデジタル加工だが、これが来場者の関心に及んだようだ。
受付当番者から報告を受けたところ、来場者からの質問に答えられなかったとぼやいていたが、ひとつの話題になっただけでも、写真展の存在価値いいかえれば開催意義があったわけで評価したい。
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カメラマンというのは、しばらくシャッターを押さないと
無性に写真を撮りたいとの衝動に駆られまして。
眼がシャッター代わりをすることがよくあるものです。
たとえば朝、愛犬との散歩の様子を見てもシャッターチャンスがあれば、
まぶたがまばたいていることがあります。
これは万人に共通することではありませんよ。私の場合はですよ。
ペットを連れたお散歩風景はいいもんです。
飼い主さんとの間が浅いか、深いかそんなことを考えながら
眼が被写体を切り取ります。
それにつけても、ペットは健気なもんですね。
「飼い主が ふん採れば それを見せろと せがむ犬」なんて・・・
私の眼のシャッターは、しっかりふたりの愛をとらえています。
これって「カメラマンの写真家的こころだー!」ですか。
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2008年明けましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます
さて、一年の計は元旦にあり…早速地元笠井町の春日神社へ初詣してきました。
笠井町は浜松市の北部に位置し、かつて浜松市の三大産業のひとつである織物産業を支えて栄えてきた町です。
この日、笠井街道は初春の陽を浴びてひっそりとしていましたが、遺産ともいえる古い町並みの一部はいつまで残るでしょうか。(詳細はホームページでどうぞhttp://homepage1.nifty.com/akiyamakun/)
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来年の年賀状を書こうとして、今年の賀状を見ていると、写真馬鹿な私にも文化人から詞が添えられていました。もっと早く紹介すればとの罪の意識からここに写真を添えて紹介します。あしからず・・・・
つづいて次は石井様から
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先日、静岡市で開催された日本カメラ写真教室において中里和人先生のトークと合わせて、作品を紹介していただいた。「かぎなんか かけたってかぜは はいってくるよこどもたちのあそぶこえだって」詩人谷川俊太郎の詩が添えられた事で、中里氏が撮影した無機質な小屋が生き生きと語りかけてくる。 これは中里先生の作品集というより絵本と言うほうがふさわしい。
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三脚を持たずに夜景を撮るなんて、講師の先生からは挑戦者だと評されました。大体、撮れるわけはないですよ。しかし、それでも今回の撮影会は参加して納得です。事前の勉強会がほんとに参考になりました。
まるで冗談を言っているようで、そうではなく核心に触れた指導をしてくれる。内容を詳しくは説明できませんけど、有料でしたから。夜景のことをいうと、真っ暗闇にならない限り、デジタルカメラでは十分撮れるということですね。質を言うなら三脚は必携。たそがれ時のスナップなら無理をしなくてもいい。という結論に至りました。
阿部先生、スタッフの皆さん!お疲れ様。暑さにもめげずご指導ありがとうございました。
夜景撮影は、夏の夜の夢と終わりました。
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今年の夏は猛暑ですね。鶴岡八幡宮の手水場にも鳩が休んで頭を水につけている光景が見受けられます。この様子を面白がって写真に治めようとしていたところ、写友のT「せっかくだから、水浴びしたら?」と一羽の鳩に呼びかけています。すると、鳩にも通じたのか、もじもじと水辺へ捻じりよっていきます。心なしか目線はTのほうへ。鳩君、水温を測ろうとしたのか左足を水面へ入れた、そのときでした。ふんばっていた右足がつるりと滑って、体全体が水の表面に落下。写真のとおりの結果となりました。
通りかかりの観光客も、面白がってその光景をカメラに収めています。あまりに突然ことで、鳩もしばらくは飛びだぜずにおぼれ状態…と思ったのは見ている側だけだったのかも。鳩はついでのことに羽つくろいとか。でも、そうではないことはすぐに判明。他の鳩が来れば、自分は徐々に水場から後ずさり。水につかる鳩をうらめしそうに遠目に見ているように思えたのでありました。
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久しぶりに電車で撮影に行こうとなりました。この時期どこも祭りのシーズン。隣の県へ足を伸ばすことにしたのですが、JRで行こうとなるとまた面倒です。時刻を調べ、どこで乗り換えるのか。今回の目的地は刈谷市、JRで刈谷まで行って名鉄三河線に乗り換えです。行きは順調、本日の撮影はいい雰囲気かも。さて、帰りです。気分良く、万燈祭りの笛太鼓の音をホームで聞きながら、良いタイミングで来た電車に乗り込みました。無事JR線へ、乗り合わせた電車は快速、豊橋まで停止駅は三駅のみ。あっという間です。豊橋まであと一駅というところの岡崎で、ホームの反対側に普通電車の上りがきています。豊橋での乗換えを心配して少し早いがここで乗り継ぎました。さて、その結果は、もちろん快速とは違います。速さが、停まる駅数が。でも、蒲郡では折からの花火大会が最高潮、花火の連発を車中から眺める風流に出会いました。
鈍行ですから、それは少しゆっくり15分程度は遅れるかとの読みですが。豊橋に列車が滑り込みはじめたところホームにはひしめく乗客の姿がありました。後でわかったことですが、休日の快速の運行時間は平日とは違い、この電車の場合は、たまたま岡崎駅で普通列車といっしょになったのです。そのため、快速で豊橋へ行っても、乗り継ぎで乗る列車はこの電車だったわけです。岡崎での乗り継ぎが効を奏しました。しかしですね。こうすべてがうまく行くとは限らないのが人生です。いいにくいけど、三河線では迷って刈谷方面へ行く電車がわかりませんで、大声をあげて訊ねていたのはだれでしたっけ。知らない土地では方角がわかりませんね。弁解のこころだー。
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万燈祭りは夏にピッタリですが、さて駅に降り立ったところ、なんと静かではないですか。山車は6時からとはいいますが、それでも駅前には案内看板があるとか、ちょうちんがあるとか?それが見当たらないですね。商店街はシャッターが下りている。しかたなく、地元の若者に促されお宮までいってみますと、おにぎりをかぶりつく集団が目に入っていました。腹ごしらえというところでしょうか。夕闇迫るころ山車に照明が入りました。いやーいいですね。このあたりにはない山車で青森のねぶたを想像させます。決してそんなにスケールは大きくはありませんが。それに晒を巻いた女性の姿がちらほら。これもいい。カメラを向けるタイミングがチョット合いません。見とれてしまうから。
山車は若者が一人で担ぎまわします。重さは、およそ60キロはあるという。若衆の掛け声とともに振り回しますが、この万灯には裏があります。写真的にはいたって残念。振り回すところをショットすると、タイミングがずれれば白地の裏が出てしまう。それにさっき見た、晒の若衆はいずこにいったのか。みんなの名入り法被を着ています。これも残念。祭りの若衆の色気がない。せめて名入りでなく図柄であったなら・・・ とも思わずにはいられないのです。
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自分もそのうちの一人かと思うと、心が痛みます。久々に行った赤坂の夏祭り、かつて寺の本堂に入って仮装の準備をしている祭りの主役を撮ったことがありますけど、もうずいぶんと前から撮影を許可されなくなったようです。国府では外からは撮れますけど、いまいちいただけない。
いずれにしても、こうなったのは写真家のマナーが悪いため、締め出されたのであって自業自得。もっとよい被写体を求めて外へ出ましょう。行列の前には普段着の顔が見え隠れする男衆の花魁姿、かわいい御付の少女たち。家族でくつろぐ女装の男たちなど、被写体なら何でもあり。暑い夏に行なう、また、熱い祭りは、さまざまな被写体にめぐり合えるはずです。それにしても、うだる暑さだなー。
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遠く離れた土地での撮影会は順調でだいたいモデルさんに撮らされてしまいます。ポーズのつけ方、顔の表情など申し分ありません。ですからシャッターはいくらでも切ってしまいます。フィルムカメラだったら後の現像代が馬鹿にならない。振り返って見ると、ニコパチ写真ばかりで作品とよばれるものなんてありません。講師を囲んでの反省会では、講師自らが語る本日のスナップショットの傑作は、なんと、便所の小窓から見た小風景。「先生、便所にまでカメラ持っていくんですか。」「どこにシャッターチャンスが潜んでいるかわからんからね。本人の心がけひとつ。」とのこと。後からその風景をのぞきに行った。なるほどね窓枠がうまくフレームになっている。網戸が風景をソフトに演出している。でもこれだけでは・・・
いったい、ここになにがあったのか。後日、カメラ雑誌で先生の作品を見る機会がありました。ありましたよ、このときの写真が。見事に夏の風情を演出した、主役の昆虫が網戸にとまっていたのでした。
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年に1度の撮影会、最近はめっきり減りました。写真クラブ会員の減少と老齢化が主な理由です。
行きたい人にとっては、大変楽しみで、集合場所には、早朝1時間も前からきている方がいます。ご近所はまだ寝ている時間とあって、つぶやきも聞こえるほどなのに、うれしさいっぱい参加者同士が大きな声で話しています。迷惑な姿態で反省しています。
さてさて、夏の暑い盛り、やっとの思いで現地へ着くと、その暑さもうっとうしさがなく、さわやかな山村の空気が漂っています。同行のモデルさんを中心に撮影が進められます。男ばかりの中の紅1点はさすがに光っていますよ。夏の太陽ほどまぶしくはありませんけど。参加会員の頭のほうが照り返しで撮影のじゃまになります。でも、見物人が多くて、好奇の目でこちらの様子を見ていますので、つい格好つけたがるメンバー諸氏、それにモデルさんの顔も恥じらいなのか紅潮しています。楽しい撮影会の様子は次回までおあずけ。
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夏に咲く可憐なといえば、むくげに朝顔、ほうせんか、大胆なのがひまわり、ハイビスカスなど暑い季節でも町には花が咲き乱れます。といってもこれは最近の様子で、かつては簾越しに朝顔の巻きついた様が、夏を感じさせてくれました。夜になれば近くの神社で花火が上がり、蚊に刺されてキンカンをつけていた頃を思い出します。この時期、浜名湖では弁天島や山寺の花火が有名でよく行ったものです。でも、作品にするなら、花火の打ち上げ前のスナップがいいですかねえ。花火そのものでも作品にはなりますが、場所とりに始まって、打ち上げ中に生理的現象をじっと我慢するのは、個人的にはいただけません。それより花火見学の家族づれやカップルの姿は、自分が雑踏の中を歩いていればめぐり合える被写体で、雑誌の月例作品としては申し分のないものが得られるはずです。ひところ前は、アサヒカメラ雑誌に入選した作品を見て、あの人もここで撮影していたのかとわかってしまうほどです。どこでも花火大会はありますが、湖を前にして鳥居を背景に上がる花火の情景は、弁天島がお勧めです。自分はその頃には帰ってしまいますけどね。
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さて、いつも軽妙な語り口の「昭一的こころ」をラジオ放送で楽しませていただいております。聞き始めて以来、もうずいぶん月日が経ちました。おかげで、しゃべりのアクセント、間のとり方も理解できるようになり、ついつい、駄文を書いていると同じような調子になってしまいそう。もちろん、先生の独特な言い回しやオチにはかないませんが。今回、わたしも、ブログとやらで、日々の出来事をつづり置きたいと考えまして、早速、タイトルを考えてみました。結果は「写真家的こころ」と、どうゆうわけか貴タイトルと良く似たものになってしまいました。内容はアマチュアカメラマン氏の撮影日記のようなものでして、プロ写真家願望のカメラマンが、その夢もかなわず、結局のところ写真撮影だけは趣味として生涯楽しく、作品作りでは日々苦悶している中年おじさんの嘆きでございます。こんなブログのタイトルですが、差し支えなければお見逃しをいただき、写真文化の反映に寄与していただければと思います。いかがでしょうか。どうせ、「三日坊主のこころだー」とおっしゃりたいでしょうが・・・。
次回からは「夏休み大特集」連発ブログでいくぞー!
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自分のホームページに写真ギャラリーの展示を目的として「リラクセーション」とページ名をつけたけど
どういうわけか男性の癒しの写真ページのように誤解されることがかつてあった。そのうち収束したのだが
最近になって,訪問記念の書き込みがたまってきた。迷惑メールと同類の物だ。何とかしなくてはと
他の写真家のページを開いてみたが,どうも似たような傾向があるようだ。本題に戻して,ホームページにもお立ち寄りください。手前味噌ですが,自然風景からスナップまで幅広く楽しめていただけると思います。
リラクセーション的PHOTOぽえむ
http://homepage1.nifty.com/akiyamakun/
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100人余の参加者があった送別会は,大いに盛り上がった。
まず,かつての同僚後輩からの挨拶がひょんきんである。
付き合いのあった男性の管理者は,上司から平手の打ちにあったことから話しが進む。
次に登壇したのも,かつての後輩男性。
酒に酔った上司から殴られたと穏やかでない体験談を語る。
これだけだと逆セクハラで告訴も辞さないという方向へ
発展していのかと思いきや,会場はち切れんばかりの失笑を巻き起こした。
男性たちが語る殴打の話はどれも自分に非があり,彼らには快感だったと締め括る。
フィナーレは思い出の記念写真が始まる。女性参加者は笑顔が美しい。作り笑顔がお上手である。
それに比べて男たちは,カメラマンから「笑顔でね」との注文にうまく対応できない。
自分の番を控えてこの撮影風景を前にして口を「チーズ」とあけてみた。なんとぎこちない。
目の前の彼らも同じだ。![]()
誰か「チーズ」でなくて自然の笑顔ができるひとことを教えてください。
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今日は寒の戻りとか言うらしい。一段と風が強くて冷え込んだ。山間部では風花が舞ったようだ。せっかく桜が満開のところもあるというのに・・・。ところで,早朝手洗いの水が流れているのを発見した。昨夜、うちの誰かが蛇口を閉め忘れて寝てしまったようだ。これと同じことは写真の焼付け現像を自宅でしている時はよくしたものだった。流水は現像にとって不可欠なもの。さらに終わってからは薬品をそのまま流すわけにはいかず1000倍に薄めるために重ねて流した。今考えればずいぶんと水を必要としたものだ。それがデジタルにとって代わりプリントの自家現像もプリンターで可能となり、流水は必要としなくなった。自然環境を大切にする意味では、カメラのデジタル化は大きい意味があった。
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