宝林寺と友月
秋模様を撮影しようと思い立って、初めて浜名湖湖北五山のひとつ金指の宝林寺を訪ねた。
初山宝林寺は、旗本金指近藤家の2代目近藤登之助貞用の招きに応じた明国の僧、独湛禅師によって1664年(寛文4年)に近藤家の菩提寺として開創された黄檗宗の寺院だと案内にあった。
階段を上がり山門をくぐると、正面には中国明朝風様式の仏殿が迎えており、 内部には本尊釈迦如来、左右に阿難尊者と迦葉尊者、奥左右の厨子には達磨大師と梁の武帝、堂内東西に二十四天善神が祀られている。右側の最も手前は関羽という名の像が見下ろしていた。
堂内の雰囲気はまるで奈良の寺へでも来ているような錯覚を覚える。順路に従い次は報恩堂へ。この地の領主であった近藤登之助を祀ってあった。寺の由来はこの人物を祀るためというが。この名を見てふときずいたことがあった。
本堂の裏手の白壁を過ぎると方丈があり、ここでは地元画家の展示もされており建物内は古く落ち着いた雰囲気である。
こうした中での作品展示方法もあるのだなあと感心して再び白壁の前を通り かかったとき古びた石碑が二つ並んでおいてあった。
なんだろうと覗き込んでみたが、位置が遠くで、何が刻まれているのか見えなかった。なにやら句碑のようでもある。帰り際寺の方に訪ねてみたが、知らないとの返事であった。近藤登之助にまつわるものなのかそれとも単なる庭園の装飾なのか、興味を覚えた。
この名から連想した人物は近藤友月。元の名は松島藤吉。俳人松島十湖の次男である。かつて近藤家に養子に出されたという。宝林寺には秋の気配を感じさせる風景はなかったが、今、若き日の友月の姿がよみがえってきた。
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