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2013年8月23日 (金)

架空対談:十湖の「農」

聞き手
 前回は十湖宗匠の生き方を聞くことができた。
今回は農業について自己のご意見を聞く機会となった。

 十湖
 農は、是を、趣味的に観るものにありてはもっとも愉快なる職業なり。
それは大自然の懐に抱かれつつ最も自由にかつ最も真実に生活し得られればなり。
農は造化の直参にして、常に神とともに在り」とは農に従う者にのみ与えられたる得がたき幸のひとつなり。

聞き手
 なるほど専業農家にとっては常に神とともに在り、此処に幸せがあるということですね。

十湖
 そうだ。農は是を事業として観るときは最も偉大なる職業なり。
農は一切物資の給元にして農なくんば一切無し。真に農は天下の大本なり。
是農に従う者の最大の強みにして誇りなり。

聞き手
 農業を営むことはまさに偉大な職業であって、世の中に食料として供給する役割を担っていることこそ農業者の誇りになるわけですね

十湖
 更に云えば、農は一切のものを包容し、一切のものを生育する点において、人類の母たるの威あり。是農の最も大いなる徳なり。
田園の幸、土の徳、農の誇りは挙げて数得るべからず。
筆紙に尽くすべからず。
我この天職を尽くさば裡自ら道備わり、楽亦其の裡に溢る。
嗚呼農なるかな、農なるかな。

聞き手
・・・(感心して聞き入っている)
Daihai



十湖
地に人間の住まん限り農は生命活動の源泉にして最も自然に、かつ最も尊貴なる職業なり。
自由に、かつ真実に生きうるは我の幸福なり。
健全なる肉体と精神とを得て、我の義務を敢行するは忠となり。
孝となり、人類を養い国を益するは是社会に奉仕するゆえんなり。
農は我の本領にして、我の趣味なり

聞き手
今日は随分と熱く農業者の心得を説いていただいた。
宗匠は公職を離れて以来明治三十年代以降さまざまな冠が着けられた。
郷土の偉人という前に奇人、変人、変哲、貧中王、などと呼ばれていた。
だがこうしてご本人の口から生き方を窺うと、これら冠は少し意味が違っていたようだ。
むしろ愛称であり少しばかり十湖にやっかみでも云いたいという輩が着けたもの。
この頃既に宗匠として全国に名が知られ、門人が1万人と新聞でも豪語していた。
それは満更法螺ではなくて三遠農学社など報徳関連組織を全国につくり、俳句の指導をしていたことを考えるとありえた事だったと思う。
以上の資料は大正7年ごろ大日本報徳学報に寄稿していたものを、対談としてここに掲載した。

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