俳人の礼(12) 第407回
会場には参会者やそれを見ようと集まった者、また数十人という賑わいである。
折柄降り出した秋雨の中に網を引くこと数回、四五尺の大鱸が溌剌として網の中に跳ねている。
「どうだ、翠葉すごいだろう」
と、十湖はご機嫌で何度も翠葉を取持ってくれる。
その間に門生や参会者が、代わるがわる歓待してくれるのだ。
興半ばにして一人の青年が翠葉の傍に寄って来た。
いかにも温厚そうな頼もしい人物と見えたので、少しばかり話をしてみると富田翠邦というつくし会員であった。
つくし会員とは花笠庵翠葉が創設した俳句の会である。わざわざ同郷の会員をも、この場に招待していたのである。
十湖の細かい心配りであった。後にこの青年は花笠庵の門生となり花笠庵を名乗った。
夕刻には一茶亭に引き上げて酒宴を開き、大撫庵に引きかえして三度宴を開く。
七時ころになって参会者は記念として十湖より送られた短冊挟み、常滑焼徳利を片手にして三々五々帰途についた。
それでも残っている門生、参会者二十数人が、そのまま思い思いに談笑しつつあった。時間は静かに過ぎていった。
すると俄然
「馬鹿野郎、帰れ」
という十湖の叫び声が翠葉の耳を脅かした。
何事かと思い外へ飛び出してみると、男が独り十湖に対し手をついて謝っている。
最前まで翠葉の机の傍に来て、俳句談義をしていた大阪の行脚の男である。
何か爺さんの気に障ったな、せっかく自分を歓迎してくれているのに怒鳴り散らさなくてもいいものを、困ったことをしてくれる。
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