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2020年7月19日 (日)

四国の旧知(1) 第411回

 大正七年七月二十一日、街道から東に入る裏道を抜けたところにある源長院本堂は、木の間を抜ける涼風が心地良い。田園風景に包まれているせいかもしれない。
 本堂では先ほどらいまで十湖の古希を祝う祝賀行事が開かれ、地元の老若男女二百余名の出席者で賑わっていた。
 その人並みを見送っていた和尚と十湖が境内を臨みながら、和尚がほっとした様子で十湖の顔を見る。
「翁も七十を数えましたか、そんな風には見えませんがのう」
 と和尚は剃ったばかりの頭を撫でながら、呆然としている十湖に声をかけた。
「やらねばならんことはいくらもあるので、歳の事など構ってはいれん。大体好きなことをしていると時間の経つのが早いものだ」
 十湖は揮毫された扇子で、ばたばたと胸元辺りに風を送っている。
「それに、これから富士登山への旅支度をしなければいかん。これは俳諧新聞の主催による俳人登山に参加するためだが、三日間の行程なのでさほど体には無理がない。秋には近江行脚だ。そして今年も暮れるというものじゃ。年が替われば念願の伊勢路の行脚が待っている。しかし伊勢は招きがないと行きにくいという事情もある」
「富士登山とはこの暑いのに大変なことだ。足元には十分気を付けて行ってきてくだされ。伊勢へはこれまでも何度か行っているようですが招待がないといけないというのはどんな事情がおありですかな。まして俳諧は相変わらず向うは盛んなはずでしょうに」
「伊勢は確かに俳諧が流行している。たとえ自由律の俳句が流行ってきても、江戸時代からの俳諧は風流が人を和ませる。伊勢人にとっての楽しみは変わらない。しかし一部では着実に変化してるようだ。それは時世のせいじゃ」
「自由律の俳句の横行ですかね。正岡子規の提唱した俳句は文学でなくてはいかんと云う」
 和尚は袈裟の袖をたくし上げ数珠を持った手を出しながら、持ち前の好奇心から十湖に問う。
「それだけではない。わしら俳諧宗匠のことを月並宗匠ということばで罵倒する用語として使われ始めている」
 明治二十六年、子規は新聞に「文界やつあたり」と題して旧派の宗匠が俳句愛好家を利用して、点料や入花料の収入に汲々とするばかりでその他に益はなく、近時俳句界が活況と進歩を現し始めたのは多少の学識と文才のある書生仲間の功績であって、月並宗匠連は学識も佳句も節操もないへっぽこ連であると痛罵した。
 これに対し宗匠らは彼らをして書生俳諧と軽蔑の念を込めて呼び返されていた。こうした状況からして地元俳諧宗匠らが句会を開くのを自重しているようなのである。


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