大火(1) 第435回
大川の堤防沿いにある豊西尋常小学校の昼の鐘が鳴る。
子どもたちは一斉に学校を飛び出し、我が家を目指そうとしていた。
各自の家で昼食をとるためだ。
突然、男子生徒の一人が西の方を見て大声で叫んだ。
「火が上がってるぞ。火事だあ。おら家のほうだ」
学校の西といえば遠陽市場のある方角である。
火が立ち昇り黒煙が舞い上がり燃え方が生半可ではない。まるで天をも焦がす猛火である。
大正十三年三月六日午前零時、生徒たちはあわてて市場のある方角へ走った。大人たちも足早に向かっていた。
皆、火事の野次馬である。
現場では手押しポンプの消防隊が消火に当たっていたが火の勢いは治まらない。
大人たちが綿屋の前で必死に綿をちぎっては外へ放り出している。火が襲ってきて類焼するのを避けるためだ。
これを見た生徒たちは野次馬どころではない。大人に交じって手伝った。
火災は十二棟以上を焼失して午後一時三十分鎮火した。
焼け跡には女の子が裸足のまま人形を抱えて泣いていた。市場の長屋に住んでいたらしい。
この騒ぎに十湖は気が気ではなかった。
若いころならすぐにでも飛び出し人を束ねて消火に当たるのだか、既に七十六歳になっている。
口だけは相変わらず達者が取り柄、地元の消防隊をけしかける。
弟子とともに駆けつけて見る惨状に、焦げ臭い匂いを嗅ぎながら自分がしてできることは急がねばと思った。
その日のうちに被災者には金品を配り、援助活動を指揮していた。
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