高野山紀行(3) 第440回
北国行脚に同行させる二年前、黄鶴は平口不動寺周辺の辺田原地区に桃の果樹園を経営していた。
その傍ら地域の青年たちに、俳句を披露し指導した。
俳句に興味があり学んでみたいという気のある者は自分の弟子にしていた。その数、十数人に及んでいたという。
併せて画の道も盛んで翌年には画会を開催し、その売上金を不動尊の改築の資金にと不動寺に寄付をしたこともあった。
彼に画の道の指導をしたのは、天竜龍山村の大石黄梅だった。きっかけはたまたま大蕪庵に画会開催のため立ち寄った時のことだ。
黄鶴が自分の植えた石楠花を縁側で画いていたら黄梅の眼にとまった。以来黄梅の手ほどきにより画に専念することが多くなったのだった。
おかげで画も売れて羽振りが良かった。
しかし、いいことは長続きしない。二年後には果樹栽培は儲からないと断念し、小松に瀬戸物店を開業した。その傍ら印刷を副業としていた。
「いらっしゃいませ。今日はこれがよく売れていますよ」
「そうですか。ご主人は店に出てこないけど、いかがですか」
俳句仲間の客に言われて、妻はむっとした表情を隠しながら
「印刷業もやっているものですから、そちらで仕事をしています」
妻が甲斐甲斐しく店先で客と対することで、商売はしだいに上向いていった。
(画:黄鶴)
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