若き日の富田久三郎(22) 第468回
「そうそう暗くなる前に浜ちのとこへ魚をもらいに行かなくっちゃ。きぬさんも象子さんも一緒に行かない」
浜ちの家は橋のたもとにあり、本名は浜吉で漁師をしている。人は吉というのが面倒くさいらしく地元では浜ちと呼ばれて親しまれている。
黄昏時、象子はどこかで聞いたような声に
「あれお客様か来ているみたい、あの声は瓦屋の名倉さんか」
三人は足早に漁師の家に向かった。
きぬの背中の子は案外嬉しそうにはしゃいでおり機嫌がよさそうであった。
二日後、象子が生徒たちに早朝から日程を説明していた。
「今日は天気がいいので午後は野外の実習とします」
生徒十名は大喜びして、誰かがどこへ行くのかと質問した。
「海岸沿いにある工場見学です。私も何の工場か知りません。だから行くのです」
「先生、それだったら浜ちゃんちもいきませんか。すぐそばだから」
「だめです。今日は工場だけです。いいですね」
生徒の半分は女の子である。
彼女たちはみな賛成したが、男子は怪訝そうなのである。
どうもあの工場が怖いらしい。象子は好奇心があるかと思っていたが、意外と男は意気地がないようであると再認識したようだ。しかし理由はそこにはなかった。
漁師の浜ちが人気のようだ。行けば魚の干物をくれ、何かと話が面白く舟を出しては浅利採りにも連れていってくれるらしい。
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