俳人十湖讃歌 第27回 戸長の重責(3)
「おおい吉平さ、起きてるか」
ドンドンと玄関の戸をせわしなく叩く。雨脚はだいぶ遠ざかったようで玄関を叩く音だけはよく響いた。
「誰だ。何かようか」
吉平は戸を開けながら聞くと
「すまん俺だ。うちんとこの堤防が破られそうだ。皆で堤防を積んでいるが、もはや力果て気力も失せてしまった。なんとか助けてもらえないだろうか」
訪ねて来たのは隣村の戸長大橋だ。
背後に若い者二人が顔を覗かせた。
隣村では士気が低下し、皆体力が失せていることを吉平は察した。
「それじゃ誰か酒屋へ走らせよ。ついでに警察にも出張を乞いに行かせよ。お前とわしは急いで現場へ向かうぞ」
倉中瀬の堤防からは暗くて川の流れは見えないが、まだ堤防が氾濫するには至っていないようだ。
九月とはいえ水に濡れれば肌寒い。
しかもこんな夜中に、飲まず食わずで作業してもはかどるはずがない。
いっそ、夜明けを待って動く方が賢明なはずだ。
戸長大橋にはその判断ができず、異常事態には少しでも早く対処すればよいとの思いが先回りして、指揮だけが空回りしているようだ。
間もなく、堤防に警官がひとり走って来た。
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