俳人十湖讃歌 第90回 尊徳の遺品(14)
授三郎は十湖とともに遠州に報徳社を創設した同士であり、かつ報徳活動の先輩であった。
もはや十湖には辞する理由はなかった。
結局、十湖は岡部善右衛門が持参した尊徳の遺品のすべてを、譲り受けることを承知した。
以来、松島家の什物となったのである。
年始の客が帰ったあと、十湖は少し心細くなった。
とんでもないものをもらってしまったと、後悔したところで後の祭りである。
いくら自分が尊徳の偉業を後世に伝える努力をしているとかいっても、岡部から貰ったとなれば単なるたらい回しで手に入れたに他ならない。
その夜、十湖は不思議な夢を見た。
岡部が言ったのと同じ白い着物を着た人物が夢に現れたのである。
姿は老婆のようだが表情は全く見えない。
「お前はいったい誰だ。なんの用がある」
十湖は夢の中で問いかけた。その人は何かを訴えているようにもみえた。
何度か十湖がおなじことを繰り返し問いかけた。
返事は聞こえてこない。
翌朝、授三郎に夢の話をした。
「昨夜は妙な夢を見たぞ。岡部善右衛門が言っていたような、髪を振り乱した白装束の老婆が現れた」
十湖は眠そうな眼で、授三郎に説明した。
「大体こういう話は、そんなところがおちさ。思いつめて寝るものだからそんな夢を見る」
「わしもそんなはずはないと思っていたが、譲られた品物が気にかかっていた性もあろう」
「ううむ」
授三郎は腕組をしながら唸った。
(小田原市 報徳博物館内 尊徳の遺品が展示されている)
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