鶴氅のゆくえー「尊徳の遺品」顛末記(4)
さつきの住まいは掛川市内にあり二宮金次郎の思想を世に知らしめ普及する報徳社の本拠地が存在する地なのである。
報徳の思想は早いうちから学業に取り入れていた。
「二宮尊徳先生だよ。働きながら勉強していたんだ」
さつきは自信満々に答えた。
「その尊徳先生がね。相馬候、今でいう福島県の殿様から藩の財政を立て直し藩を再建させた御礼にご褒美として賜ったものがある」
「何をもらったのか教えて。まさか鶴の反物というんじゃないよね」
さつきは祖父の言葉に言いよった。祖父はニヤッと笑みを浮かべて
「好い勘をしているね、そのまさかだよ。鶴の羽で作った羽織で鶴氅(かくしょう)という」
「えっ、それほんとなの」
さつきは半分茶化して言ったのに事実存在したと聞かされて驚いた。
「尊徳先生の日記の中にもその記述があった。もちろんさつきちゃんのいう鶴の織ったものではない。この貴重な反物を織る人がいて殿様が羽織にしたものだ」
「羽織にしたの。きっと高価なものだよね」
「もちろん値がつけられるようなものではない。これを着られる人は殿様以外ざらにはいないよ」
「そんな高価なものをもらったとなると、いかに尊徳先生が立派なことをしたかがわかるなあ」
「そのとおり。尊徳の偉業も立派だが、反物を作る人もすごい。だから殿様が尊徳先生に贈るときには作者自らが、その作り方を示すという念の入れようだった」
「鶴氅というのね。もう少しその話詳しく知りたいな」
さつきはこの話に興味を持ったようだ。
「冷えたお茶を用意したからね」
祖母が二人の会話に割り込んで声をかけた。煎れてくれたお茶はグラスの表面に水滴が溜まり、よく冷えているようだ。
祖父は思い出したように立ち上がり二階の自分の部屋へ行き、一冊の古書を持ってきた。
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