鶴氅のゆくえー「尊徳の遺品」顛末記(13)
既に心臓の鼓動は高まっていた。
「そのとおりです。以前からの説明文とは違います。実は外部の方に鑑定を依頼したことがあります。いつごろでしたか、それ以来掲載内容が変わりました」
「すると以前は鶴の羽で織った羽織と記されていたとかですか」
「ちょっとお待ちください。資料を探してきます」
葉山は急ぎ足で事務室へ引き返し、数冊のファイルを抱えて戻ってきた。
「おっしゃるとおりです。一九九六年一月に東京国立博物館の方に鑑定を依頼したところ尊徳翁が相馬候から贈られた鶴氅はまったく違うものであることが判明しました」
「それが解説に書かれているとおり、木綿の生地の表面を起毛した物だったというわけですね」
「だからといって価値が下がるというわけではありません。あの時代に既に起毛の実例があったということは技術的に価値のあることです」
葉山の答えは明快だった。昭和六十二年からこの館にいるというから、おそらく鑑定の時には立ち会っていたのではないだろうか。
「この記事がそうです。コピーしますからしばらくお待ちください」
葉山学芸員が資料を抱えて戻ると、話しながら頁を繰った。
「これが記載された機関紙の写しです。東京国立博物館名誉館員の鑑定状況の写真があります」
書き換える前は鶴の羽毛を使った羽織と記述されていたのだ。博物館が開設されて十三年後、専門家に鑑定され木綿の生地の起毛と現在表示されている。
さつきは体中から力が抜けていくようで、唯一支えてくれるのは自らの二本の足だけだった。
「展示品を見る限りその格調の高さを考えると、鶴の羽毛であって欲しかった。なんだか夢から醒めたような感じです」
さつきは今の心境を素直に吐露した。
「展示物をご覧なった方たちは、尊徳が技術的高さの品を貰えたのは偉業を成したればこそと、彼の実績に敬意を払ってくれているようです」
学芸員の説明は重かった。
これが事実であり、そのまま受け入れてこそ鶴氅の正しい評価がされると伝えていた。
さつきは返す言葉が見つからなかった。
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