鶴氅のゆくえー「尊徳の遺品」顛末記(14)
「翔太さん、さつきです。今帰りの新幹線から電話しているの。鶴氅見てきました。ショーケースの中で輝いていたわ。学芸員の方がいろいろ説明してくれたけど、所蔵までの経緯は不明とのことでした。館を建てたときには既にあったんですって」
さつきはどうしても云わなければ落ち着かなかった。
「博物館に所蔵されるまでの空白期間が気になるなあ」
「それでね、近いうちに祖父のところへ行ってみようと思うけど一緒に行ってくれないかな」
「ということはその空白期間を祖父に聞いて埋めるのかな。それとも婚約者である僕を紹介するってこと?」
「両方です。足の方の用意を期待していいかな、行き先は浜松市内だけど」
「お安いご用。さつきちゃんのために愛車をご披露します」
一週間後、翔太は愛車の助手席にさつきを乗せてご満悦でハンドルを握っている。
長い天竜川の橋を渡り浜松市内に入ると交差点の名を示す看板が目前に見えた。
「十湖池」とある。
まもなく郷土の俳人松島十湖の生家跡を過ぎるところだった。目指す祖父の家は間近である。
「じいじ、久しぶり。大学のときの夏休み以来ね。それに顎髭が長くなったわね」
さつきはうれしそうに挨拶した。
「今日は一人じゃなかったんだね」
祖母が運転席から降りる翔太を見て言った。
「まあそんなところを紹介します。わたしのフィアンセ秋乃翔太さんです。以後よろしく」
さつきがお道化た調子で紹介すると翔太がタイミングよく頭をペコッと下げた。
若い二人は座敷に上がり床の間を背に座った。祖母が嬉しそうに二人の顔を見ながら
「今日は採れたてのイチゴを用意しておいたわ」
「いただきます。夏休みに来ることが多かったので、いつもおやつはスイカだったよね」
さつきは小学生の頃を思い出した。
「さつきが小学生だった夏は、ここで絵日記を画いていたよ。それも姫スイカの真っ赤な絵をね」
祖父がイチゴを口にしながら言った。
「実はそのときに聞いていたことを、もう一度確認したくて来たんだけど」
さつきは持ってきたノートを机の上に広げながら、今日来た目的を話した。
「鶴氅は松島十湖が所蔵しているといったと思うが、十湖も寄る年波には勝てず、いつまで自分が所蔵しているのか迷っていたと思う。明治の終わりには長男源一に譲ってしまったようだ。源一が静岡県の職員になったことで安心して譲り渡したのではないかな」
(現在の十湖池付近)
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