鶴氅のゆくえー「尊徳の遺品」顛末記(15)
祖父は松島十湖のことをもう少し詳しく説明する必要があるかと思ったが、問われたら応えようと先に話しを進めた。
「息子に譲ったとはいえ鶴氅には未練があったらしく、年に一回だけ息子から借りたらしい。正月に門人や報徳の社員等が自宅へ年頭の挨拶に来た折には、皆の前に披露して尊徳を崇拝していたというようだ」
さつきは祖父が研究熱心でいまだに記憶しているのには感心した。
祖母が新茶を煎れて皆に出したのを機に、さつき自身が見てきたことを話し始めた。
「じいじ、これが鶴氅の写真よ。きれいに撮れているでしょ」
さつきはコンパクトのデジカメをそのまま祖父に差出した。
「一目で鶴氅とわかるね。わしの持っている本のなかの写真とまったく同じだ」
小田原の博物館内で収めた写真を食い入るようにして見ていた祖父は、驚きの声を上げた。書物の中では知っていても、現物が写真として目の前にあることに感慨深いものがあった。
「もうわしから言う言葉もない。さつきちゃん、よく調べたね。それにしても、どう結論付けてよいのかわからないな」
祖父はこの発見が嬉しいばかりでなく、さつきの行動力に感動していた。
鶴氅が鶴でなかったことは未来永劫尊徳を語るとき、鶴氅と思しき毛織は相馬藩の織手たちの技術的高さを評価することになる。
その証となった。むしろ鶴でなくてよかったのだった。
「というわけでこの話はここまでです。私たち二人は、この春から別々の職場で働きます。でもね、住まいは一緒になるの」
さつきはあっけらかんと祖父たちの前で言ってのけた。
「それはどうもご馳走様でした。おめでとう」
祖父と祖母が祝福をすると若い二人は顔を見合わせて笑った。照れ笑いだ。
「さつきちゃん、夕ご飯食べてから帰ってね。おいしいもの沢山作るから」
祖母が台所からおおきな声をかけた。
(奇人俳人十湖の冊子より)
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