« 俳人十湖讃歌 第124回 二俣騒動(2) | トップページ | 俳人十湖讃歌 第126回 二俣騒動(4) »

2023年9月30日 (土)

俳人十湖讃歌 第125回 二俣騒動(3)

 庫裏に案内され、和尚から事の経緯が詳しく説明された。
 蓮台に十湖を迎えに行かせたのは自分の指示で、かつ蓮台の意向でもあったこと。
 今回の紛争を憂いているのは六ヶ村の寺の僧侶も同じで、皆地域を心配しているが、住民たちや議員は中立的な立場で解決を図ろううとしているものがいないため、十湖にお願いすることになったという。
 蓮台は十湖の弟子でもあり、蓮台自身が十湖の出番を待ち望んでいたので迎えに行かせたとも付け加えた。
「事の起こりは、二年前に鳥羽山トンネルが開通したことに端を発しておりまして、学校建設の土地問題から鹿島と二俣の二町で紛争になっております」
「そのようだな。新聞には詳しく書いてなかったが、学校ができると言うのに、なぜそんな紛争になるのかが理解できん」
 十湖が出されたお茶を一口すすると、自分の疑問を和尚に投げかけてみた。
「そこなんです。山の南側にある鹿島地区の学童は、トンネルの開通で山の北側の二俣小への通学が可能となりました。鹿島分校の学童にとっては多くの学童と交流して学ぶことができ、そんないいことはないはずです」
「それをどうして大人たちは気に入らんと言うのか」
「鹿島分校の学童が二俣小へ行くようになれば、鹿島分校は廃止され二俣に統合されました。当然二俣小は生徒が急増しました。その結果、校舎を増築するのか、現在の学校のある清滝寺から校舎を移転し新築するのかの選択を迫られたのです」
「それなら町に任せて、大局的にどちらにすればいいのか決めればよいのではないか。大人たちが挙っていがみ合うのは、何か理由でもあるのか」
「もともと二俣小は、清滝寺の本堂を借りて授業が行われていました。明治八年頃から学生数が増加し、仕方なく町は寺の境内に新校舎を建設しました。それから十五年後寺側が町の土地借用期限が切れたので町へ学校敷地の返還を求めたのです。町は寺と交渉しさらに十年借用をすることになりました。しかし、トンネルが開通したことで鹿島の学童も二俣小へくることになると、いよいよこのままではいけないと町は重い腰を上げたのです」

Zudoupen
(現在も残る当時の鳥羽山トンネル)

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
にほんブログ村

 

| |

« 俳人十湖讃歌 第124回 二俣騒動(2) | トップページ | 俳人十湖讃歌 第126回 二俣騒動(4) »

13二俣騒動」カテゴリの記事

烏帽子園蓮台」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 俳人十湖讃歌 第124回 二俣騒動(2) | トップページ | 俳人十湖讃歌 第126回 二俣騒動(4) »