俳人十湖讃歌 第123回 二俣騒動(1)
天竜川の支流にあたる二俣川の河川敷には、折からの朝靄が寒煙迷離のごとく寂しくたち込め、何処からともなく、かっぱでも現れそうな気配だ。
その中を男女二つの影が見え隠れさせている。
男は寺の住職らしく、坊主刈で袈裟が透けて見え腕組をしていた。
「こうなったら、あの人に頼むしかないだろう。このままでは解決の糸口が見つからないからのう」
男は強い口調で女にいった。
「そうですねえ。十湖先生なら何とかしてくれるかもしれませんわ」
もうひとつの影は年増だが目鼻立ちの整った女で、着流しの着物がよく似合っている。
二人は一睡もしないで地元民との話し合いに、やっと見切りをつけて川の畔で休んでいた。
女の名は天竜二俣町の俳人烏帽子園蓮台、本名は大隅みねという。
二俣では女流俳人として名が売れている。
十年前に十湖の門に入り、その弟子として二俣で句会を開催しては自分で仕切っているが、地元では師匠でもある。
男は六ケ寺の和尚である。既に坊主頭には白いものが見え、額の皺も深い。十湖よりは若く背が高い。一見しておとなしそうな人物であるだが二俣町の合併六ヶ村の寺の僧侶の中では一番信頼されている。
明治三十四年九月十一日早朝、蓮台は二俣から馬車を飛ばして十湖の住む豊西村中善地へと向かった。
まだまだ残暑の季節だが、朝が早いせいか風を切って走る馬車の上は心地よく、時に睡魔に襲われたりもした。
蓮台が小一時間で大川端の十湖の邸へ着いた時、十湖は縁側で毎朝の習慣どおり朝刊に眼を通していた。
既に公職を辞めて久しい。五十三歳になっていた。
「お久しぶりです。何の前触れもなく来てしまってすみません。今日は十湖様のお力をお借りしたく思いまして急いでやってきました」
息せき切って蓮台は理由を告げた。
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