俳人十湖讃歌 第135回 活命料(2)
「こちらは俳誌に掲載する広告文です」
随処が筆書きの文を大事そうに手にとって十湖に渡した。
―我が師翁、七十二峰庵十湖の清貧は、天下の人の知る所なれど近来貧に貧を重ねて、赤貧洗うが如し、されど生きている間は着て食って行かねばならず、偕、同人の活命料として、十湖を知る諸君は金壱円宛寄贈ありたし嫌ならばよすべし又、多きも少なきも謝絶す。但し三千名を限る、三十五年一月締切、右のための報酬、十湖生きている限りは同人のでき得る限り、何でも御用は辞せずといふ、且つ直ちに領収書を添へ、尊徳翁及び芭蕉翁肖像(半切)加ふるに、十湖書一葉宛拝呈すべし。松島十湖門人等一同敬白―
読み進むうち、十湖の顔がしだいに紅潮し始めた。
「自分は赤貧洗うがごとしか。そのとおりだ、貧乏でいつでも財産は何も残っていない。だが一口に赤貧というが、わしは赤貧ではないぞ。清貧だ」
十湖は広告文を見て声を荒げた。
「どういうことですか。赤貧ではないと」
随處は自らが書いた広告文を、十湖にけなされたと思い聞き返した。
「貧乏にもいろいろある。簡単に云えば赤貧ということばと、その反対に清貧と呼ぶものもある」
「ならば宗匠は、赤貧とはなんですか」
「きわめて貧乏なことを云う。衣食にも困り、身も心も卑しき者を云う」
「それならば今の宗匠と対して変わりませんね。要するに真面目に働くわけでもなく、怠けて文句ばかり云うような者ですか」
「そうだ。人に迷惑がかかるのも気にせずにな」
(次回へ続く) 随處素顔
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