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2024年2月28日 (水)

俳人十湖讃歌 第151回 姨捨紀行(4)

 十湖は小諸駅で下車し馬車で湖畔の鷹野宅に向かおうとするが、列車の旅は常に酒が付きもの。一人旅では酒の量が増してしまった。
 馬車に乗ろうとした時には既に呂律が回らず、歩行もままならず、車夫に何度も行き先を問われた。
 やっとのことで乗車した十湖は上機嫌だ。
「旦那、松原湖の高野だなんていわれても、いくらもありますぜ。一体どこのたかのさんですかい」
 車夫はとがった口調で言うと
「そんなことは知ったことか。いや、今日列車で来たばかりだから、えーと」
 十湖はなんとか応えようとするが、名前が思い出せない。
「今朝の列車で来たんですかい。それなら憶えているはずだ」
 車夫はぴしゃりと言い張る。
「そうだった。今朝だ。今朝三郎だ」
 十湖は思い出したことが嬉しくて高笑いして手を叩いた。
「豊里の鷹野今朝三郎様ですか。村でも一番立派なお邸です。よしわかりました」
 だが道のりは十里以上はあるようだ。車夫が馬に鞭を入れると一頭立ての馬車は土煙をあげて走り出した。
「旦那、昼間からそんなに酒に酔ってると追い返されちまいますぜ。川の水でもかぶって酔いを醒ましたほうがいいんじゃないですか」
 車夫は気を遣って十湖に声をかけた。
 馬車が動き出すと十湖は懐から飲み残しの酒を取り出し、ぐびぐびと飲み始めた。
 それが空けば、鞄から新しい洋酒の瓶を取り出し、着くまで舐めている。
 松原湖畔が見えてくる頃には、既に鼾を掻いて寝てしまっていた。
 六月だというのに湖畔に吹く風は爽やかで、十湖が寝入るのは無理もなかった。この地方では梅雨はあまり関係がないようだ。
「旦那、そろそろ着きますので起きて下さい」
 車夫は車の両輪の音に負けないような大きな声をかけた。
「着いたか」
 十湖は、寝入りばなだったようで眼は虚ろだ。
「正面に門のある邸がそうです。この地方の資産家ですから、失礼のないようにお訪ねになるほうが・・・旦那まだ酔っているんですかい」
 車夫の気使いはなかなかである。
「馬車をこの辺に待たせておきますから、用が済んだら合図してください」
 十湖はひとまず旅行鞄は馬車の中に置いて、一人歩いて鷹野邸の門に向かう。

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(欽采:画)

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