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2024年4月27日 (土)

俳人十湖讃歌 第169回 養女つぎ(1)

  十湖邸では桜が散り、代わって牡丹の花が咲き誇っている。明治四十三年、十湖六十三歳の春である。
 早朝、いつものように鍬を担いで通りかかる数人の百姓たちが、垣根越しに邸内を覗き込んでいく。
「珍しいのう、十湖様が家の中の片づけをしているなんて、こりゃ午後は雨ずら」
「そりゃ早くに用を足さんといかんのう。草取りは時間がかかりゃ」
 百姓たちは興味深々、冷やかし半分で通り過ぎていく。十湖にとってはさほど気にする様子もなく、愛想よく挨拶を返していた。
 この日の十湖は、開け放した邸内で揮毫用の筆を洗ったり、散らかった半切の書を机の片隅に畳んで整理している。
 自慢の白髭をなびかせ、下がりかけたロイドめがねをあげながら、せっせと手が動いていく。      
 時折、その手が呆然と止まることがあった。
 妻佐乃は廊下で雑巾の水を絞っていると、十湖の様子がいつもと違うことに気づいていた。
 今日の掃除もつぎが来るというので十湖も珍しく付き合って片づけをしている。
 つぎに会うことを心待ちにしながらも、どう対応したらよいのか思案しているのではないかと佐乃は思った。
 それに、草庵が弟子達の声でにぎわっているはずなのだが、この日は春の温かい日差しが差し込みながらも人影が無い。
 皆で服織神社を通り天竜川河畔まで吟行しているようだ。
 これとても十湖ら夫婦をきづかっているのはないかと佐乃は内心ほっとしていた。
 昼近くなり十湖は着替えを始めた。
 紋付に前袴を穿いて、白足袋に変えた。賓客の時には必ずする十湖の心構えだと云ってよい。
 もうじき、養女つぎが長男を抱いて来るはずである。
 十湖は先日、つぎ宛に手紙で草庵の様子を書き記し道順を案内しておいた。
 豊橋から来るつぎにとって子連れでは遠い道のりに違いない。
 今日は穏やかな天気になってよかったと十湖は天に感謝した。
 身支度を終えた十湖の動きもしだいに忙しなくなってきた。
Tugi01

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