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2024年5月 3日 (金)

俳人十湖讃歌 第170回 養女つぎ(2)

 つぎの結婚相手鷹野弥三郎は、五年前、十湖との縁で長野佐久新報をやめ、遠江新聞の記者となり浜松へ移り住んだ。
 翌年、新聞社で「十湖伝」を編集することになり、その編集主任に抜擢された。十湖の取材で何度か十湖邸を訪れていた。
 文学好きの好青年でこのとき二十八歳、市内で文学同好会を作り活動もしていた。
 一方、つぎは少女時代から読書が好きで、兄から薦められた雑誌「少年」を愛読し、文芸雑誌にも傾倒していた。つぎがこの同好会に入ったのをきっかけに記者の鷹野弥三郎と出会った。
 弥三郎は身長百七十一センチの当時としては珍しく長身でしかも好男子、住んでいたところも同じ町内であった。
 やがてふたりの交際が深まり両親に結婚を申し出るが、つぎの父親岸弥助の猛反対を受け弥三郎とともに家出同然浜松を去った。明治四十二年、岸つぎ二十歳のときである。
 明治という時代に女性が家を捨てて自由結婚をするとはきわめて稀なことで、せいぜい文学者の与謝野晶子の例があったぐらいであった。にもかかわらず自由結婚を貫いたつぎは、強い意志の持ち主だといえよう。
 その後も父親の反対行動は留まる兆しが無かった。
 弥三郎は困り果て、しかたなく十湖に相談を持ちかけた。結局、十湖の養女とすることで入籍をすることができたのである。
 翌年、弥三郎が名古屋新聞豊橋支局長になったため豊橋に移り住み、次の年には長男誕生を迎えることになった。
 十湖は取材で弥三郎が家へたずねて来るたびに、つぎとの結婚話を聞いていた。取材では苦虫をつぶしたような顔をしていても、つぎのことに話が及ぶと、まるで父親でもあるように神妙な顔つきで聞いていた。ときどき顎鬚を撫でながら笑顔を見せた。だが一旦つぎの父親のことになると、黙ってはいられないという様子で
「この結婚の元凶は父親か。わしとは異なる動物だ」
自らと比較しつつ気炎を上げた。
 この年の暮れには長野の弥三郎の父親に、さりげなく縁談のことを手紙で伝えていたのだった。あとはつぎの両親の理解だけである。

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