俳人十湖讃歌 第173回 出雲の風(1)
十湖には、いつも金がない。
かといって、まったく収入がないわけではないが、巷では貧中翁とも呼ばれていた。
余り喜ばしい綽名ではないが、それにはそれなりのわけありであった。
あるとき句会の座が盛り上がりご機嫌の十湖は、その時の気分次第でご祝儀を弾み、自筆の書の提供とともに大盤振る舞いをすることがあった。
そればかりか道を歩いている時でさえ金に困っている人が居れば事情を聴き、必要があれば金を与えてしまう。
それも有り金全部が入った財布までも差し出してしまう。
だが、この程度ならまだましであった。
明治四十四年の夏には十湖の地元に警察の官舎がないから困っているとの話を聞きつけ、多くの住民と寄付を集め建設計画を進めていた。
ところがこの話は県から待ったがかかり、首謀者だった十湖はやむなく寄付金を協力者に戻す必要ができてしまった。
既に工事は進んでおり今更寄付金は返せれないから、自分の家、田畑を売って返そうと決意する。
これを知った住民らは
「十湖様にすべてを押し付けて、責任をとってもらうというのは申し訳のないことだ。皆で何とかしなければいかん」
と動いてくれたおかげで、売りに出した田畑、屋敷に買い手もつかなくなった。
この一件はこれで解決したものの、万事において金の使い方は無頓着そのもので、様々な事件を引き起こしている。
要するに十湖の天衣無縫の成せる業でもあった。
金が貯まるはずはないのであった。
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