俳人十湖讃歌 第182回 二人の貧乏神(3)
弥三郎は興味なさそうな十湖の様子に、これ以上話すのは止そうと思った。
「だが喧嘩相手にも程がある。どうせやるなら大富豪かもっと有名人とやれ」
と十湖は言い放った。
弥三郎には支局長という立場でこの事件の事は新聞に書きたてていたので、十湖がどこでその記事を読むとも限らないし、豊橋方面の門人たちの中から風評として出て来るともわからない。
十湖が後で知って怒り心頭に達しても困ると思った。
弥三郎はお茶を一口啜り一連の経過だけは説明しておこうという気になった。
弥三郎が云うのには垢石と風葉は豊橋の地で知った仲となった。垢石は仕事がなく豊橋に都落ち、一方で風葉は尾崎紅葉死後自然主義文学が流行せず郷里の半田市に戻ってきた。こちらも都落ちで二人は酒屋で意気投合したのか以来酒友となっていた。酒の上の話はろくなもんじゃない。自慢話もあれば嘘もある。意気投合した二人はある日こんな話をしたという。
「佐藤君、僕は女弟子が一人ほしい。女弟子兼可愛がるのを世話してくれ。君は新聞記者で諸方を歩いているので何か心当たりはないか」
「ないこともない。物書きで一旗揚げたいというあんたのためなら、ひとつ骨を折ってやってもいいぜ」
ということになったらしい。このとき垢石は名古屋支局で会った女のことを思い出していた。
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