俳人十湖讃歌 第186回 盟友(1)
明治四十五年七月三十日午前零時四十三分天皇崩御の悲報が伝えられ、各新聞は一斉に号外を発行した。
「大行天皇聖寿六十一歳にて崩御され皇太子嘉仁親王が即日践祚され年号は大正 」
と改元されたことを十湖は自邸で知った。
この号外を手にしていた十湖は、このまま家の中にじっとしていることができない衝動に駆られ、足は自然と笠井往還の方に向かって歩いている。
街道の軒並みには黒布で竿先の玉を包んだ日の丸の弔旗が立てられ、ひっそりとしていた。
十湖は当てもなく歩きながら、今日の有様を想い句に詠んでいた。
明治天皇陛下の御崩御悼み奉りて
天津日の雲かくれして夏寒し
新皇帝陛下の御践祚を祝し奉りて
延長の皇威をふくや初あらし
明治という年号の最後の日であったが、以来、十湖邸には来訪者も少なく、淡々と二か月が過ぎっていった。
そんなある日一通の手紙が十湖の心に灯をともした。
「あなた、お手紙です」
妻佐乃が書斎で筆をとって半紙に書いている十湖に分厚い封筒を差し出した。
最近は手紙もあまり来ない。天皇陛下の喪に服していたこともあって国民は活動をしていない所為だろうと感じていた。
差出人は茨城県岩瀬の石倉翠葉からである。
「ほお、盟友からの便りじゃ。どうかしたかな」
久しぶりに明るい表情で、妻の顔を見て軽い口を叩きながら封を切る。
十湖六十四歳であった。
(当時の笠井往還)
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