俳人十湖讃歌 第199回 十湖の事件帳(8)
その夜、地元俳人が八人ほど集まり夕食をともにした。
大主は顔色もよく八十歳を超えたというのに、ますます盛んな身振りに会場は盛り上がった。
女中からお茶が入ったところで、十湖は大主にさりげなく尋ねてみた。
「この旅館は、随分と年季ものですなあ。よく句会で利用されるんですかな」
「うーむ、ここは江戸時代に遊郭があったところで、その名残が今でも残っている。なかでもここが老舗中の老舗じゃ。ここでやると人がよく集まるでのう」
といって気持ち良さそうに笑みを返した大主だった。
「そう言えば雪が降った二月の日にちは忘れたが、今日と同じく句会を開いていた時、この旅館で妙な事があった。出入りする客は旅人が多く伊勢参りを目的としている様子のものが多い中、この日はなぜか単身者が多かった。階下で大きな声がするので覗いてみると若い男が一人、警官にしょっ引かれていった」
「その男が何か悪いことでもしたのですかな」
「いや、そうではない。朝から何度も旅館前を彷徨っていたので、不信に思った宿泊客が警官を呼んだらしい」
と大主に代わって主客の坊主頭の俳人が横から口を出した。
「詳しい理由はわからないので、警察で聞いてみれば真相がわかるでしょ。男は画帳のようなものを持っていて、おとなしく警官に従っていたですが」
隣に座っていた別の男が話を繋いだ。
大主が妙なことだと言ったのは、翌朝に自分の身の回りの世話をしていた仲居が、この話を聞いて旅館を飛び出して行ったのだった。
十湖は大主の話に身を乗り出して
「仲居の名前はご存知ですか」
「本名かどうかは知らんが、やえと名乗っていたようだ」
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