俳人十湖讃歌 第201回 十湖の事件帳(10)
木崎は油屋旅館で仲居として働いている八重という女に、後生だから、この風呂敷包みをわたして欲しい。中には封筒と画帳が入っているという。警官は封筒の中身を木崎に聞いたところ便箋と僅かな金だった。
それだけ云うと木崎は警察を出ていった。
すると、まるでそれを待っていたかのように八重が入ってきた。
「こちらに木崎さんが保護されていると聞いたんですけど」
「さっきまでここにいたよ。今出て行ったばかりだ。君に渡してくれと頼まれたものがある」
そう言って警官は机のわきに置かれた紫色の風呂敷包みを八重に手渡した。
八重は風呂敷包みを解くなり画帳を見つけて、木崎のものに違いないと警官に礼を言って外へ出た。
警察署の前の道は昨夜来の雪で真っ白くなっている。朝が早いせいか人通りもなく足跡も少ない。
その中に真新しい靴跡が点々と駅方面へと向っていた。
八重は木崎から預かった風呂敷包みを大事そうに抱えながらその跡に従った。
八重の下駄の跡は恰も木崎の足跡に寄り添うように残っていく。
だが止んでいた雪が突然吹雪に変わり、風が着物の裾を袂を煽る。
顔をあげられないままに駅へ向かって駆けた。
――会えれば良いのに、駅で待っててくれれば良いのに
と一縷の望みを託しながら八重の足取りは早まった。
そのとたん、プチッと片方の下駄の鼻緒が切れた。
吹雪は容赦なく八重が追う木崎の足跡を消していってしまった。
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