俳人十湖讃歌 第206回 俳人の礼(4)
翠葉にとって十湖とは十六年来の付き合いである。天下百千の宗匠があるけれども、誠のあることは多年の風交によってよく知り又心服している。
したがっていつも懐かしく思っているし、生前に一度は必ずお訪ねすると約束がしてあるので、それをこの機会に果たそうと思ったためである。
そんな矢先に突然十湖から、今月十日に来いと長文の誘いの通知があった。だがこれは丁重に辞退した。
来月はなんとなれば、このときの旅は各地の支部を慰問するのが大きな目的であって、十湖の大撫庵を訪ねるのはむしろ第二の問題だが、まず大撫庵を訪ね、帰途関西等の同人会を訪ねることもできると迷っていた。けれども、そうしてはこの旅の本義に背く。
おそらく今回の十湖からの誘いは、去年の春六十日間翠葉の自宅に滞在されたことへのお礼であろう。
今いかなくては十湖の誠心を裏切ることになるとの思いに駆られ、帰路でも立ち寄ることを決定したのだった。
同月七日、午後八時の汽車で東京駅を出発した。このとき同行者はなく翠葉一人であった。
雨のため車中からは窓の外を見ることは叶わなかった。幸い前日来の準備の疲労が一気に出て肘を枕に寝てしまった。
目覚めた時は汽車が大府に着いていた。
同月八日名古屋の稲沢駅で下車。名古屋の門人たちと交流する。
以後、関西へ立ち回り同月二十一日岡山へ。そして帰路となる。
同月二十二日琵琶湖の夕景を眺めつつ帰京の途に着いた。
そして同月二十三日午前五時三十五分、車掌に揺り動かされて目をさまし浜松駅に着いたのだった。
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