俳人十湖讃歌 第213回 俳人の礼(11)
こうして帰庵したところ大撫庵には二、三十人の来客があった。
翠葉は何かあったのかと不審に思いながら自らの部屋に戻ると、代わるがわるの来訪がある。
豊西村の村長、学校長をはじめ地区の名誉職の肩書を持つお歴々が挨拶に来た。
なかでも村長の挨拶が振るっていた。
「いつだったか貴殿のところに宗匠が随分とお世話になったようで、しかもご夫婦で下の世話までしてくれるなど誰にでもできることではない。村を代表してお礼申し上げる」
と笑みを浮かべながら翠葉に頭を下げた。かつて翠葉のところに十湖が滞在した時の礼を述べていたのだ。
このはなしはどうも噂話から誇張しているようだ。翠葉は傍に十湖がいないので胸をなでおろしていた。
別室では門人ら十余人が十湖の歓迎句を立句として歌仙を巻き始めた。
すると翠葉にその捌きをせよという。
一旦は未熟のためと辞退したが、十湖から頼まれると心もとなく思いながらも引き受けた。
一方には連句の捌きをする、また一方には明日の歓迎会用の短冊挟み百本の題句と短冊をしたためる。
おかげで最初の一日目は寝たのが十二時ころであった。
翌二十四日は六時起床、空は晴れ渡っている。だが秋の空模様は変わりやすく、ややもすれば曇りがちである。
十湖は例のとおり四時には起き出して今日の歓迎会の準備を指図している。
翠葉が起きたのを確認して十湖が寄ってきた。
「花笠庵に謝らなければならんことができたよ」
「それは何ですか?」
「実は九州の田中自生から、花笠庵の歓迎会に飲んでくれと、あの土間にある酒をわざわざよこしたが、来るのが遅いのでみんな飲んでしまった。匂いだけはするだろうから嗅いで貰おう」
十湖は笑いながら土間を指さした。
「花の露」と書かれた薦被りの四斗樽が土間に置かれている。
酒を送ってくれた田中自生とは翠葉には心あたりがない。おそらく十湖の門弟の一人だろうと軽く受け流した。
そのうちに十湖から歓迎会の準備ができたと促され、またしても天竜川へ行くことになる。
翠葉のためにわざわざ地引網の催しを用意してくれていた。
既に河原には漁夫数十人、船五隻が待機している。
この費用だけでも並大抵ではないと心苦しくて、せっかくのこの豪遊も真実つらかった。と後日翠葉は述懐している。
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