俳人十湖讃歌 第215回 俳人の礼(13)
翠葉は内心つぶやきながらも、爺さんの気性はよく呑み込んでいる自分だ。非道の怒り方は断じてしない人である。仲裁すれば尚と怒り出すに違いないと口は出さずに控えていた。
怒鳴った理由は明白であった。
――今日の歓迎会は行脚のお前のために開いたのではない。花笠庵のために開いたのであるから、散会を告げたなら一応暇乞いをすべきである。それが俳人の礼である。わしは行脚を泊めることは何とも思わない、年中四、五人の行脚を養っておる。一飯を振舞い、一夜を貸すのを惜しむのではないが、お前は俳人の礼を知らぬから帰れというのだ。花笠庵の部屋には門人さえも通させない、膝行させて出入りさしている。来客へも敷居の外で挨拶させている、それになんだ無断で花笠庵の上座を占め、芭蕉翁の像を後に悠々話し込むとは不作法千万の野人である。辞し去ると云わばこの方から引き止めるが、居座るとは不埒の奴だから即刻たちのけ
こういうわけで怒り出したのである。
いかにも十湖の説はもっともである。行脚というものは厨の音を聞いてさえ門を叩くのを止めよというくらいである。
世の多くの俳人は磊落の履き違いをしている。酒々落々たる間にも礼節を忘れないのが尊いのである。
翠葉はまさに爺さんの怒り出しそうなことだと、はらはらしていたが、むしろ痛快に感じていた。こうも爺さんは自分の事を思っていてくれるのかと涙が一杯になってしまった。
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