俳人十湖讃歌 第210回 俳人の礼(8)
翠葉はこの夜、妻がかわいくさえ思えた。
「何せそんな具合で、人はいつも腫れ物に触るようにしているが、俺は時によると余計に触る。いやぶつかって踏みつぶす事がある。腫れ物扱いにされる爺さんにわざとぶつかって膿を出すのだから、お互いの心持ちの好さは格別だ。お前もその腫れ物にぶつかっても痛いと叫ばずに、好い気持ちだと、あの爺さんに嬉しがられるようにせねばならない。ともかく爺さんは俺に今生の思い出に厄介になりたいといったが、その代わり嫁に来たばかりのお前に俺は一生の頼みとして爺さんを頼む」
翠葉の新家庭における密議はこれであった。
さて十湖はと云うと、そんな事とは露知らず平気の平左で翠葉夫婦を玄関の三畳に寝かせておいて、自分は六畳の書斎兼客間を一人でわが物顔に占領して勝手に云いたい放題である。
夜は十二時過ぎまでも起きていて家内中をこき使う。
そのくせ、朝はきちんと四時には起き出して、がらがらと戸を開けて床柱を背にして煙管で吐月峰をカチリカチリと叩きつける。妻は嫁に来たてである。気兼ねをしては起き出してしまうのである。
ある夕刻、句会から十湖がぐてん、ぐてんに酔っぱらって帰ってきた。
しばらくすると廊下の向こうから
「助けてくれ」
と呼ぶ声が聞こえた。若い夫婦は急いで飛び出した。
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