俳人十湖讃歌 第220回 鳴門の旧知(3)
十湖は和尚の顔に眼を向けると、和尚は笑みを浮かべながら
「俳禅一味とは心に響く四文字ですな。後世に残したいことばですがのう」
「話は変わるが、かつて宮本武蔵は自らの剣の道を「剣禅一如」といっていたそうな。わしの俳句の道も同じようなものじゃ」
十湖はそういって高笑いをした。
和尚には俳禅一味の十湖の思いが伝わったらしい。
「わしはすでに門人知友と謀り、俳禅一味の碑石を浜名郡北浜村貴布祢に建てた。もって不朽に伝えようとな」
得意そうな満面で腕組した手を解き、庭に向かって両手を広げ大あくびをしたのだった。
「雲林居士は地下にあって翁の古希を祝い、俳句の道一筋の宗匠に破顔一笑していることでしょうな」
笑う和尚の声が境内の蝉しぐれにかき消されていた。十湖の心は既に伊勢路の旅に跳んでいた。
大正八年三月、七十一歳になる十湖は再び伊勢路を行脚することになった。
伊勢の門下生の招きで来る七日から出発する。同行は門人奇峰と常春である。
いつものことであるが旅立ちの一句
神風に向こうて春の門出かな
伊勢へ着けば何より先に伊勢神宮を参拝する。
その後は各地で句会を開催し、鳥羽へ出てゆっくりする予定だ。
だが今回の旅は少し十湖には秘めているものがある。旅立つ前に和尚には話さなかった、もう一か所の立ち寄り先のことである。
(十湖書)
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