俳人十湖讃歌 第223回 再会(1)
大正八年四月、桜が散った草庵の庭はそぼ降る雨で風情を高めている。
縁側に座ったままの十湖は、手に短冊を持ちながら筆が動かず、じっと外を眺めているだけだ。
先月阿波の鳴門で視察した富田畜産部ドイツ牧舎と、第一次世界大戦時のドイツ兵捕虜の指導を得て行う酪農状況と富田久三郎の顔を思い出していた。
――彼奴は奇異なる人生を生きがいをもって歩んでいる
十湖は彼の人生に嫉妬を抱くわけではないが、自分との違いを悔やんでいるようだった。
月並宗匠だと云われても自分の歩んできた道は正しい。
俳諧を通じて全国に多くの門人を育て、句会を人の交流の場として広げ、報徳の道も説いてきた。
酒を飲むと脱線して時に自暴自棄になることもあったが調子がいい。それがいつも人と人とを繋ぐ懸け橋になったことも事実だ。
富田がしたことは、それ以上に大きな事業を通じ世界へ羽ばたいている。
十湖は世界中に知られなくてもいい、功績の積み重ねが銅像となって後世に伝わることを望んだ。
やがて雨があがり始めたころになって、十湖の筆が動き二句認めた。
雨もよし牡丹の花の酢味噌和
やよ蛙口さがなしと笑はれる
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