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2025年7月 6日 (日)

鷹野つぎの養女時代余話(12) つぎと十湖の初対面

 玄関先から佐乃の来客を迎え入れる甲高いが優しい言葉使いが聞こえてきた。
 十湖は奥の間に控え身支度を整えた。
 直接、つぎ本人に会うのはこの日が初めてである。
 つぎの顔色は白く輝いているようだ。
 つぎは、養父に会ったら何から話せば良いのか迷っていたが
「はじめてお目にかかります。この度はいろいろご迷惑をかけてすみませんでした」
 頭をぺこっと下げた仕草があどけなかった。
 そのとき生後四ヶ月に満たない赤子の顔がつぎの懐からみえた。
「 長男の正弥です。一月に生まれました。おかげさまで健やかに育っています」
 十湖は幼子の顔を覗き込み、自分の指をその頬に当て
「そうか良い子だ。可愛いのう」
 厳めしい十湖の顔が、何時しか目尻は下がり好々爺になっていた。
「奇人ではなかった」
 と胸を撫で下ろすつぎだった。はじめて十湖の顔を見た時は義父が師父という感じで少し怖かったと後に自著で回想しているが、話してみると人懐っこく十分理解しあえる義父だとしだいに心を許していった。
 妻の左乃は、傍らで二人のやりとりを楽しんでいるようにも思えた。
 夕餉は積もる話をするつぎであったが、子供が生まれてからは父親の癇癪も次第に和らいできていると報告し、これまで以上に両親には償なわないと申し訳がないとも言っていた。
 父は浜松町下垂(現在の尾張町)に住み岸弥助といい、商家の主で町会議員を務める浜松の名士にも数えられていた。
 昨年は十湖の計らいで養女にしてもらったつぎだったが、父親の同意が得られず家出同然、鷹野と名古屋へ旅立ってしまった。 
 その間の実家の様子をつぎは自分を訪ねてきた義兄から聞いていた。
それによると父親の怒りはとても収まる気配はなく鷹野の腹をかっさばいてやると豪語していたという。
 ところが今年の一 月長男が生まれた事で事態が急変してきた。
父親から生まれた子供のためにと産着やお七夜の重ねや襦袢など一揃いの着替えを送ってきたのだった。
 以後、養女つぎは、後に新聞記者鷹野弥三郎と結婚し、島崎藤村に師事し女流文学者として大成していくのである。


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