十湖外伝 雨後蝉(7)歌人河合象子の生涯
熊之進が帰宅後相談し、藩内の寺で供養し埋葬することで落着したが、その夜田鶴に異変が起こった。
高熱に悩まされ、寝ている自分を見ているようで、自分の体が遊離していく。
歩いていく自分がいる。
果てしなく目的地に着かない。
何度も同じ処をさ迷い留まることがない。
これは夢なのかと思った。
翌日、田鶴は母が体を揺さぶっていることで目が覚めた。
「どうかしたのですか。こんな時間まで床の中にいて。今さっきまでうなされていましたよ」
とうに朝餉の時間を過ぎている。
田鶴は急いで起きようとするが手足に痛みを感じ起きられず、母に応えようとするも声が出ない。
やっとの思いでうつ伏せになり嗚咽した。
その日はそのまま床に就いていた。
三日目の朝、竃で飯を炊く母の姿が見えた。
田鶴は熱も下がって起き上がり落ち着いている。
「今日は体調が良さそうね。熱が下がったかしら」
母が背を向けたまま云った。
「ええ、今朝はとっても気持ちがよくって」
田鶴が母に応えたその時、竃の中の炎が目に映った。
途端に不断と違う声をあげ、恐ろしい形相で母の動きを目で追っている。
田鶴は頭を押さえ体を固くしてその場に座り込んでしまった。
「あゝ炎が恐ろし、私は燃えてしまう」
土間へ降りるなり、張り裂けんばかりの声をあげた。登城前の熊之進が寝間着姿のまま田鶴に近づくと
「私は火が恐ろしゅうございます。あの火は家を焼き、人をも焼き尽くします」
熊之進は田鶴の叫びを押さえ、やっとの思いで寝かしつけた。
「熊之進、田鶴にはどうも憑き物があるようじゃ。火を見ればわが身に燃えつくように覚え、戦の様子が見えて恐ろしく感じるようだ。霊なのか狐なのかそれはようわからぬが、何かに取り憑かれている」
祖母はいたって冷静に熊之進に説いた。
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