俳人十湖讃歌 第24回 雷大江(9)
吉平も肩透かしを食らったようなものだった。
「投書の詳細は既に新聞報道のとおりです。しかし、この報道により私は明日の命が約束されていません。いわゆる笠井村の古屋敷の者らは私を暗殺せんとして、狙っている者もあるやと伺っています。本日はぜひ県令の御助力によりこの命奪われようとも笠井の悪弊を絶つようお願い申し上げます」
吉平の声は普段とは違い、少し上ずっていたようだった。
さすがに県の上役、しかも理論派雷大江を相手では歯が立たない。
ここは泣き落としこそ勝利を呼び寄せる。
吉平の仕組んだ演技が効を奏すはずだった。
だが大江は吉平の態度は芝居だと見抜いていた。
「お前の云う事はよくわかった。吉平の誠心を見た思いだ。よって県は側面から助成しよう。ただし、古屋敷の輩とは、吉平、お前が対応し悪弊の習慣を打破しようではないか。困ったときは県がいつでも助け舟になろう」
大江は雷を落とすどころか、まるで赤子をなだめるごとく、笑みを漂わせて吉平に云った。
帰り際、吉平は空を見上げてひとり呟いた。
――結局わし自らで解決せよということか。ついつい大江に乗せられてしまった。一枚上手だったな
数日後、村中を東奔西走し誠心をもって努めた。県が背後で助成していることを知った頑固な古屋敷の輩も、ついに吉平の誠心に動かされ悪習慣をやめることに承諾し、和解の好結果を得るに至った。
終わってみれば県の助力と云うより投書の効果が大で、吉平こと十湖の名を世間に広げ得るのに一役買った顛末となった。
笠井村にとっては停滞していた商業の繁栄も、これを機に将来に向けて好機となったことは事実であった。
(完)
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