6管鮑の交わり

静岡県令大迫に見込まれ、郡長として地方へ赴任する日、俳句を詠んで友情の厚さを知る

2022年8月21日 (日)

俳人十湖讃歌 第42回 管鮑の交わり(7)

 親友吉岡弘も、とうとう涙ながらに大きな声で、頓馬野郎か向う見ずに走るを送ると題し

    四海なみ静岡たちてゆくか馬鹿
        引佐細江は風かあら玉    星秋 

 と風刺して会場を湧かせた。
 「行くか馬鹿これをしてゆくか君」と改めれば単に友を送るの語りとなり無味であること明白である。
 しかし、ここ一番奮って馬鹿と云う、まさに吉平と吉岡の友情は厚くして、「管鮑の交わり」の交友関係を見た思いであった。
 「管鮑」の「管」は春秋時代の斉の管仲、「鮑」はその親友の鮑叔のこと。
 管鮑の交わりとは、互いに理解し信頼し合った、きわめて親密な関係をいい、 親友であった管仲と鮑叔が共に商売をしたときに、貧しかった管仲は自分の分け前を余計に取ったこともあったが、鮑叔はそれを知っても一言も責めなかった。
 それどころか、二人の友情は深まるばかりで、鮑叔は斉の宰相に管仲を推薦したり、管仲は「我を生みし者は父母、我を知る者は鮑叔なり」と語り、二人の友情は生涯変わることなく続いたという故事に基づく。
 のちに吉平はそれらを集めて「細江凪集」と題する小冊子に纏めていた。
 二日後、妻と二男藤吉を自宅に残し、単身赴地に入り郡役所所在地たる引佐郡気賀村に居所を構えた。
 その寓居を山色水楼と名付けたのである。
                                                           (完)

Miotukushi
(現在の奥浜名湖気賀の風景)

 

 

 

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2022年8月20日 (土)

俳人十湖讃歌 第41回 管鮑の交わり(6)

 吉平は大迫県令や石黒大書記官が、自分の信任を益々厚くしていることに感謝して、明治十四年七月二十六日両郡長就任を拝命した。
 同二十八日、有志により盛大な送別会が開かれた。
 このとき静岡裁判所の判事吉岡弘は、吉平とは特に親密の間柄であって送別会の主唱者となっていた。
 もちろん、このとき大迫県令も出席している。
  当日静岡県令大迫貞清から吉平に贈られた詩歌は

  撫めくみやすらに治麁玉や
     いなさ細江に浪たゝぬまで   

 席上、吉平に送る詩歌俳句など甚だ多かった。
 吉平が職務の傍ら地元で俳諧を指導し、静岡吟社なる団体を組織して県人との文化交流をしてきたことが送別会に反映していたのである。
 多くの祝吟に返す十湖の句は、引佐細江のほとりに行くに臨んで、これまで過ごした静岡の地に別れを惜しんで詠んだ。

    涼しさに立ちさりかぬる木かげ哉   十湖(松島吉平)

 すると友人である判事吉岡弘が  
    わかれ路や秋をも待ぬ虫のこえ    星秋(吉岡弘)

 と返すと、吉平はこれでは収まらず断腸の思いで一句
    虫の音に噺まぎらす別れかな     十湖(松島吉平)

Suzumushi

 

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2022年8月18日 (木)

俳人十湖讃歌 第40回 管鮑の交わり(5)

 吉平はそんな男に見込まれたのである。
 五年前、県令就任歓迎会が浜松の旅館大米屋で開催されたときのことだ。あいさつに立った大迫が
「私が静岡県令として運営する以上、県政の公平無私を目指したい」
 と語ったそのときであった。
「そんな月並みなことは聞きたくない。お前の政策を云え」
 突然一人の若者が立ち上がると大声で怒鳴り、主催者をハラハラさせた。
 これが吉平との最初の出会いであった。
 以来、県で揉め事があると必ず吉平が首を突っ込み、解決の方向へ誘ってくれていた。
 大迫は蔭ながらこの男を知り尽くしていたはずで、本当は吉平を郡長の職ではなく、最も相応しい働き場があることを想い、出し惜しみしていたといっていい。
 だがこの際仕方がない。彼に期待することが今の県にとって一番望ましい選択だと決断した。

 

Meijimura1204


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2022年8月17日 (水)

俳人十湖讃歌 第39回 管鮑の交わり(4)

 廃藩置県によって駿州は静岡県となり、県政の第一頁はここに開かれたという。
 当時は数千の幕臣が各地に散在して封建時代を偲び、なかには中央政府と県官の施政とを非難する傾向があった。
 全国的ではあるも、静岡の地も御多分に漏れず中央政府もこの難局をいかに乗り切るか、静岡県令に相応しい人物の人選をしていたところ、大久保内務卿が勝安房の提言で薩摩の大迫貞清に決めてしまったらしい。
 勝海舟は『氷川清話』で、大迫を次のようにいっている。
「維新後の静岡県は、旧幕のものが沢山移住して居たところだから、尋常の人では治め難い云々、大久保(利通)は不承知のようだったが、大迫が適任だと思っておれは推薦した。----大迫は、極めて大量寛宏の男で、干渉圧政がましいことはせず、公正至誠の考えを持って県治を施し、大様にやったから徳望は自然に帰した。」
 果たして新任大迫は勝安房の推薦どおりの実績を残したのだ。
 在任十年と云う長きにわたり静岡県政上に大きな貢献をし、のちに警視総監に栄進して静岡を去った。

Meijimura1203

 

 

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2022年8月15日 (月)

俳人十湖讃歌 第38回 管鮑の交わり(3)

 県庁県令室では二人の男が密かに話している。
「気賀を異動させたのはよかったが、その後をどうするかだ。気賀の奴、散らかすだけで去ってしまったでのう」
 県令の大迫は腕組みをしながら苦虫をつぶしたような顔で、石黒大書記官に向かい合って立っていた。
「他郡から異動させるとなると、そこも後が大変です。この際新たに任命したらどうかと思いますが」
 石黒は手を後ろで組みながら、背筋を伸ばして実直そうな物腰で答えた。
「適任な候補者がいるか」
「県令がよくご存じの男はいかがかと存じます。中でも松島吉平が最適だと」
「十湖とかいう俳諧師の吉平か、少々癖のある男だが確かに職務は正確に熟している。こやつに託してみるか」
 大迫は自分が静岡就任してきたときを思い出し、自らの運命と照らし合わせていた。

 

Meijimura1202


 

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2022年8月14日 (日)

俳人十湖讃歌 第37回 管鮑の交わり(2)

 しかも次々と建議書が提出されるので閉口してしまったのである。
 さらに郡長を集めた会合を開催したいと、自らの経験を含め意見を申し立てた。
「郡治の大勢を概観して、その必要あるときは毎年二月と八月の二回県下各郡長を招集して郡治の状況を聴きたいと思います。郡長の職掌は上意下達の県政の取次所となって、昔日藩政のみ醜弊を譲出せしものでは人民は世間に気兼ねしながら暮らすことになります。民治利益を優先し細事に至るまで民情理解していくことが重要であります。ついてはまず、毎年両会の会議を開き治体の利害得喪を切磋あらば自然施政も一途に帰し、上下円満方悪習を取り除き、人民の利益に貢献することなりと確信するものです。」
 同会が早晩開会されることは誰もが予想し得ることであるが、吉平はそれを率先して論じたのである。
 先見の明あるというのか、時宜に適したことをいうものであった。
 これは県官吏としてなす一部であり、以後在職中には県令の目に留まる事項が多々あった。
 明治十四年、県下の引佐有玉の二郡は未だに幕末時代の習慣に囚われて新しい世に遅れつつあった。
 しかも初代郡長気賀半十郎は改革するだけの能力もなく、他郡へ異動させられていた。
 県は新しい郡長を誰が適当か迷っていたのである。

 Meijimura12_2
(明治村にて)

 

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2022年8月12日 (金)

俳人十湖讃歌 第36回 管鮑の交わり(1)

   一月十三日、吉平は予定通り静岡への赴任をする。
 家の事は一切母に委ね、自分は妻と次男藤吉を連れて静岡西草深に向かった。
 この頃県議会は自由民権運動の拠点であり、大迫県令率いる行政当局とは軋轢が甚だしく、様々な妥協策が講じられていた。
 そのため議員でありながら県役人という異例な待遇で、調査課詰十六等出仕に任命された。
 吉平は事務処理においてもさほど苦痛とは感じず、淡々と成績を修めていた。
 同時に俳諧の道も怠ることなく、静岡吟社なるものを設け風韻雅流の同志を集めて吟詠を楽しんだ。
 職務の疲れはここに忘れることができたのである。
 県官としての仕事は例のとおり、建議書を長官に差出し自らの意見を論ずることである。
 早速、各区長を招集して各自の意見を聞いた。
「このたび出仕した松嶋である。この際、県に対して述べたいことがあれば聞きたい」
 吉平は併せて自らの意見も述べた。
一、郡長を集めそれぞれの意見を聞き、それをもって県会に臨むなら議案編成の参考となる
一、県会に今ある火鉢は粗悪であり、火災の危険と景観を損ねる
一、各課から代表を出して委員会を開き、事務の改善を図る
一、戸長を毎月又は隔月、郡役所へ招集し活動状況、調査結果を交流し民情に配慮する  
 これらをまとめて建議書として長官に差し出すと、さすがに理が貫かれた内容に長官は何も言なかった。

Meijimura12
(明治村にて

 

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