俳人十湖讃歌 第132回 二俣騒動(10)
二俣川沿いの宿に寝泊りして幾日が経っただろうか。
夕暮れが近づくにつれ、もやもやとした満ち足りぬ想いがもたげてくる。無性に中善地の我が家が恋しくなった。
「わしがやらなくても誰かがやるだろう。問題は二俣の住民のことだ。たかが女から頼まれて軽く尻をあげってしまったが、無理なものは無理。どっちへ転んでも正義は正義だ。騒動の仲裁を諦めて、中善地の庵に帰ろう」
十湖の口から弱音が漏れた。
眼下のせせらぎまでも十湖の心境に同情しているように流れていく。
「先生、お客様ですよ」
階下から宿の女将の呼ぶ声が聞こえた。
客は役場の中堅の職員だった。
「十湖先生の斡旋案を、議会が受諾したので、お知らせにあがりました」
「そうか、そうか、やっと俺の案を呑んだか」
十湖の顔に笑みが溢れた。
十湖が仲裁に乗り出し、南北双方の言い分を聞いて作った妥協案は
①新二俣小学校の敷地は、金谷と皆原から長円山(現市民会館の位置にあった小高い丘)へかけて延びる丘陵及び清滝寺南端部とし、低地は丘陵部の土砂で埋め立てをすること。
②工事費は町の基本財産を取り崩して捻出するとともに、県からの借入金、町債で賄い増税や町民からの寄付金募集は努めて避けること。
町会は十湖のこの妥協案に基づいて、二俣小学校の敷地を正式に金谷に決定した。
残暑だった頃に仲裁に乗り出したが、既に町には秋風が吹き十一月になっていた。
町議会側の合意を機会に天長節を期してさらに仲裁に入り、いよいよ住民側も納得し一挙に和解が成立したのだった。