養女つぎ

2019年12月31日 (火)

養女つぎ(4) 第365回

 妻の佐乃は、傍らで二人のやりとりを楽しんでいるようにも思えた。
「ところで両親は健在か」
 十湖には、つぎに聞きたいことがいくらもあった。
「ええ、母も父も元気です。子供が生まれてからは父親の癇癪も次第に和らいできています」   
 つぎは明るく答えた。
「鷹野弥三郎からは折に触れてつぎ方の様子を窺って心配していたが、それはよかった」
「わたしは子供がかわいいし健やかな成長を願っていますので、両親にはこれまで以上には償なわないと申し訳がないと思っています」
 つぎは父の顔を思い浮かべながら不安はないわけではない。成り行きに任せるしかないとのあきらめもあった。
 つぎの父は浜松町下垂(現在の尾張町)に住み岸弥助といい、商家の主で町会議員を務める浜松の名士にも数えられていた。
 昨年は十湖の計らいで養女にしてもらったつぎだったが、父親の同意が得られず家出同然、鷹野と名古屋へ旅立ってしまった経緯があった。
「償うというのは余り穏やかな話ではないな。そんな深刻なことでもあったのか」
「家出同然に鷹野に付いて名古屋へ出てしまったので、実家の様子がわかりませんでした。義兄が気を使って名古屋まで私たち夫婦をたずねてきたことがあります。その時に聞いた話では父親の怒りはとても収まる気配はなく鷹野の腹をかっさばいてやると豪語していたというんです。私つらくって」
 つぎは俯いて思い出したようにハンカチを取り出し目頭を拭いた。
「大変だったな。それにつけても頑固な親父だ。わしがもっと早くから聞いていればそうは言わせない」
 少し気分を和らげようと十湖のことばに優しさがあった。
「ありがとうございます。ところが今年の一月長男が生まれた事で事態が急変してまいりました。産着やお七夜の重ねや襦袢など一揃いの着替えが私のところに届いたのです。父親から生まれた子供のためにと送ってきたのです」
 つぎの尽きない話に十湖は何度も相槌をうち、珍しくも聞き役を演じつつ穏やかである。
 できることなら春宵一刻値千金のつぎとの楽しい時が早く過ぎてしまうのを惜しんでいた。
 
  うちとけた噺ばかりや春の宵

 こののち、つぎは島崎藤村に師事し女流文学者として大成していくのである。このときは露ほども感じなかった十湖であった。 
                            (完) 

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2019年12月30日 (月)

養女つぎ(3) 第364回

「ごめんください」
 着物姿に子供をおんぶして、左手に風呂敷包みを提げたつぎが声をかけた。
「まあ、遠いところを大変だったでしょ。赤ちゃんを連れてでは。さあ、上がって頂戴な」
 玄関先から妻佐乃の来客を迎え入れる甲高いが優しい言葉使いが聞こえてきた。
 十湖は奥の間に控え身支度を整えた。
 直接、つぎ本人に会うのは今日がはじめてである。
 廊下伝いにせわしなく案内する妻佐乃の声が近づいて来る。正座をして奥の書院に控えた十湖の耳に届いてきた。
 はじめてみるつぎの顔は色白く、輝いているようだ。
 つぎは、養父に会ったら何から話せば良いのか迷っていた。
「はじめてお目にかかります。この度はいろいろご迷惑をかけてすみませんでした」
 つぎが、ぺこっと頭を下げた仕草があどけなかった。
 そのとき生後四ヶ月に満たない赤子の顔がつぎの懐からみえた。
「 長男の正弥です。一月に生まれました。おかげさまで健やかに育っています」
 十湖は幼子の顔を覗き込み、自分の指をその頬に当て
「正弥か良い名だ。可愛いのう」
 厳めしいはずの十湖の顔が、何時しか目尻は下がり、好々爺になっていた。
「奇人ではなかった」
 世間では奇人変人だと呼ばれている十湖の事を聞いていたので、実物の印象が違っていたことに胸を撫で下ろし、顔に笑みが浮かんだつぎだった。
 はじめて十湖の顔を見た時は、義父が師父という感じで少し怖かったと後に自著で回想しているが、話してみると人懐っこく十分理解しあえる義父だとしだいに心を許していった。

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2019年12月29日 (日)

養女つぎ(2) 第363回

ぎの結婚相手鷹野弥三郎は、五年前、十湖との縁で長野佐久新報をやめ、遠江新聞の記者となり浜松へ移り住んだ。
 翌年、新聞社で「十湖伝」を編集することになり、その編集主任に抜擢された。十湖の取材で何度か十湖邸を訪れていた。
 文学好きの好青年でこのとき二十八歳、市内で文学同好会を作り活動もしていた。
 一方、つぎは少女時代から読書が好きで、兄から薦められた雑誌「少年」を愛読し、文芸雑誌にも傾倒していた。つぎがこの同好会に入ったのをきっかけに記者の鷹野弥三郎と出会った。
 弥三郎は身長百七十一センチの当時としては珍しく長身でしかも好男子、住んでいたところも同じ町内であった。
 やがてふたりの交際が深まり両親に結婚を申し出るが、つぎの父親岸弥助の猛反対を受け弥三郎とともに家出同然浜松を去った。明治四十二年、岸つぎ二十歳のときである。
 明治という時代に女性が家を捨てて自由結婚をするとはきわめて稀なことで、せいぜい文学者の与謝野晶子の例があったぐらいであった。にもかかわらず自由結婚を貫いたつぎは、強い意志の持ち主だといえよう。
 その後も父親の反対行動は留まる兆しが無かった。
 弥三郎は困り果て、しかたなく十湖に相談を持ちかけた。結局、十湖の養女とすることで入籍をすることができたのである。
 翌年、弥三郎が名古屋新聞豊橋支局長になったため豊橋に移り住み、次の年には長男誕生を迎えることになった。
 十湖は取材で弥三郎が家へたずねて来るたびに、つぎとの結婚話を聞いていた。取材では苦虫をつぶしたような顔をしていても、つぎのことに話が及ぶと、まるで父親でもあるように神妙な顔つきで聞いていた。ときどき顎鬚を撫でながら笑顔を見せた。だが一旦つぎの父親のことになると、黙ってはいられないという様子で
「この結婚の元凶は父親か。わしとは異なる動物だ」
自らと比較しつつ気炎を上げた。
 この年の暮れには長野の弥三郎の父親に、さりげなく縁談のことを手紙で伝えていたのだった。あとはつぎの両親の理解だけである。
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2019年12月26日 (木)

養女つぎ(1) 第362回

  十湖邸では桜が散り、代わって牡丹の花が咲き誇っている。明治四十三年、十湖六十三歳の春である。
 早朝、いつものように鍬を担いで通りかかる数人の百姓たちが、垣根越しに邸内を覗き込んでいく。
「珍しいのう、十湖様が家の中の片づけをしているなんて、こりゃ午後は雨ずら」
「そりゃ早くに用を足さんといかんのう。草取りは時間がかかりゃ」
 百姓たちは興味深々、冷やかし半分で通り過ぎていく。十湖にとってはさほど気にする様子もなく、愛想よく挨拶を返していた。
 この日の十湖は、開け放した邸内で揮毫用の筆を洗ったり、散らかった半切の書を机の片隅に畳んで整理している。
 自慢の白髭をなびかせ、下がりかけたロイドめがねをあげながら、せっせと手が動いていく。      
 時折、その手が呆然と止まることがあった。
 妻佐乃は廊下で雑巾の水を絞っていると、十湖の様子がいつもと違うことに気づいていた。
 今日の掃除もつぎが来るというので十湖も珍しく付き合って片づけをしている。
 つぎに会うことを心待ちにしながらも、どう対応したらよいのか思案しているのではないかと佐乃は思った。
 それに、草庵が弟子達の声でにぎわっているはずなのだが、この日は春の温かい日差しが差し込みながらも人影が無い。
 皆で服織神社を通り天竜川河畔まで吟行しているようだ。
 これとても十湖ら夫婦をきづかっているのはないかと佐乃は内心ほっとしていた。
 昼近くなり十湖は着替えを始めた。
 紋付に前袴を穿いて、白足袋に変えた。賓客の時には必ずする十湖の心構えだと云ってよい。
 もうじき、養女つぎが長男を抱いて来るはずである。
 十湖は先日、つぎ宛に手紙で草庵の様子を書き記し道順を案内しておいた。
 豊橋から来るつぎにとって子連れでは遠い道のりに違いない。
 今日は穏やかな天気になってよかったと十湖は天に感謝した。
 身支度を終えた十湖の動きもしだいに忙しなくなってきた。
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