鷹野つぎの養女時代余話(13)
十湖には、他人から「貧乏神」だと云うことばが当てはまるほど金には縁がない。
ところが、自分の周囲にもそんな神様が居座っているとは、さすがに人前には出て威張れないと思った。
出雲の帰りには豊橋で新居を構えた鷹野一家を訪問した。
つぎの様子を知りたかったこともあるが、それ以上に長女の顔を見るのが楽しみであった。
一晩泊まって一家と話をしていた時、つぎの夫弥三郎の額に治りかかっていた傷の跡を発見した。
十湖は早速夫婦喧嘩でもしたのかと弥三郎に訊ねてみると、つぎが代わってその事情を説明しはじめた。
「私がいけないんです。私のひとことがこの事件を引き起こしてしまったのです。この人は何も悪くありません」
つぎは今にも泣き出しそうな顔をして、長女を抱きながら弥三郎を庇って弁解した。
「まあまあ過ぎてしまったことだ。今更愚痴を言ったところでどうにでもなることではない。しかしその事情とやらは聞いておきたいところだな」
十湖は金以外の事なら何とか力になれるかもしれんと事情を聞くのはやぶさかではなかった。
「それなら私が一連の経過をご説明します」
弥三郎がこの夏に起こった出来事を話し始めた。
「この額の傷は喧嘩をしたときについたものです。どうにも相手が喧嘩慣れしていまして返り討ちに逢ったようなものです。つぎには別に害はありませんでした。それにしてもこの時は二人の貧乏神に負けたようなものです」
弥三郎が苦笑いし十湖にお茶を注ぎながら話を続けた。
十湖は貧乏神に負けるくらいなら、それより悲劇はない。あるのはどん底だけだと冗談を言いながら夫婦喧嘩でなくて良かったと胸をなでおろした。
「貧乏神の一人は今では売れない小説家の小栗風葉です。もう一人は酒で貧乏を招いた佐藤垢石、自称新聞記者です。私は新聞社で支局長をしていますので何かと付き合いがありました。垢石は昼間から酒を飲んで社までよく来ていましてね」
弥三郎は付き合いとはいえ彼ら二人は仕事が欲しくてやってくるので、仕方なく話を聞いてやっているのだが、回してやるべきものはなかったという。
「小栗風葉か。こいつは聞いたことがある名だ。紅葉の門下にいたのではないか。小説こそ読んだことはないが文化人の風上にもおけんな。垢石は何者か知らん」
十湖にはあまり縁のない名であった。
弥三郎は興味なさそうな十湖の様子に話を続けるのをよそうと思った。
だが十湖が喧嘩相手にも程がある、どうせやるならもっと有名人とやれと云わんばかりに言い放った。
しかたがなく一連の経過は説明しておこうという気になった。





