小栗風葉

2020年2月15日 (土)

二人の貧乏神(6) 第378回

   翌日、垢石は風葉と共に警察へ出頭する。
 そこには顔中真っ白に包帯した鷹野がいた。
 包帯は既に血が滲んでおり痛々しい。
 十湖は静かに鷹野の説明を聞いていた。
 要するに事件のきっかけは都落ちした尾崎紅葉の弟子小栗風葉が美しいつぎと近づきになろうとして、酒友の新聞記者佐藤垢石に助力を頼んだのが事の真相だったらしい。
 鷹野にはつぎを想う十湖の顔に怒りを押し殺しているのがわかり、事の真相はともかく今回の自分の軽率な行動を反省していた。
 さて、その後の垢石の足取りはどうだったのだろうか。
 貧乏神はなおいっそう垢石に付きまとうようになり、借金取りに追い詰められて夜逃げを敢行する。
 地図を出して睨んだら四国の国が一番遠い。九州が最も遠いけど鉄道が通じている。
 四国にはそれがない。ただそれだけで豊橋の地から姿を消したのであった。
 一方、風葉は前年に豊橋へ隠棲してきていたので、亡くなるまで同地で過ごしたという。
(完)Bijinga

 

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2020年2月 8日 (土)

二人の貧乏神(5) 第377回

 ここまでは垢石の述懐によるものだが、当時のつぎの生活状況をみればあまりにも無謀なことで到底本気でやるとは思われない。
 つぎは一歳になる子を抱え一年前にやっと籍を入れたばかり、若干二十歳を過ぎたばかりのつぎは美しい。
 しかも家出同然の形で家を離れ今の夫と自由結婚をやってのけた。
 明治という時代に女性が家を捨てて自由結婚をするというのはきわめてまれなことであった。
 夫弥三郎の収入は支局長という立場で経済的にも安定し、精神的にも充実した幸福の絶頂期であったはずだ。
 垢石のいう”ノラの真似をする“という話などとは全く無縁の彼女であった。
 垢石は作り話で風葉に紹介した自らの行動が咎めたのだろうか。後日鷹野に会ってこういっている。
「実はこういうわけで、君の細君から適当な師匠を頼まれたが、小栗風葉ならいいと思うから、ひとつ弟子入りさせてみたらどうだ」
「厭だ」
 鷹野は言下に断った。どう考えても垢石の独壇場の筋書きで、垢石の日頃の行動を見れば根っからこの男を信用していない鷹野である。
このことを新聞に書き立てた。
 ――文学者(風葉)だとか東京の新聞記者(垢石)なんていうのは碌な奴じゃない。婦女誘拐をしたがる奴だ
 これを知った垢石は怒った。彼は次の行動に出たといっている。
 ――ひっぱたいてやろうと思って、ステッキの太いのを持って鷹野の家へいったらいないんだ。夫婦で散歩に出たというからきっと夜店の方へいったんだろうと思って、僕も夜店の方へいったら、奴さんが子供を抱いて、奥さんがステッキを持って歩いてた。それが僕の姿を見ると、女房に子供を渡して代わりにステッキを受け取って、僕の方へ来るんだ。奴も悪口を書いたもんだから覚悟してしていたんだね。僕はツカツカと進んで奴の向こう臑をひっぱたいた。野郎がヨロヨロッとしたところを滅多打ちに二,三十殴りつけたら野郎伸びちゃった。それから宿屋へ帰ってしばらくしたら警察が来たよ。
「傷害罪で逮捕する。警察へ来い」

Tugit2

 

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2020年2月 1日 (土)

二人の貧乏神(4) 第376回

 当時、名古屋支局長であった鷹野の妻である。何度か出会ううちに顔見知りになり、ある日支局へネタの探りに行っていたところ、ばったりつぎと出会った。つぎの美しさに垢石は酒の勢いを借りて言葉をかけようとしたら、つぎの方からこういってきたという。
「私、小説書きになりたいんです。誰か適当な師匠があったら、それに就いて小説書きをやりたい」 
 これを聞いた垢石は
「ご亭主があるのに、なかなか大変だぞ」
「亭主を捨ててもかまわない決心です」
「ノラの真似をするつもりか」
 この頃は”人形の家“が流行っていたので、そういってやったら
「そんなつもりじゃないけれども、亭主より文学の方が面白い」
「じゃ、どうしようもない。師匠を見つけてやろう」
 ということになった。垢石はこのやり取りから風葉に紹介することになったという。
「実は小説書き志望の女がいる。子供が一人あり若くて美人で、同人雑誌に載ったものを読んでみるとなかなかうまい」
 といったら、風葉は膝を乗り出した。
「ぜひ世話してくれ。弟子ということでいい。あとは俺の手腕だ」
「よかろう」
 というわけで世話をすることになったという。

Posuto

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2020年1月25日 (土)

二人の貧乏神(3) 第375回

 弥三郎は興味なさそうな十湖の様子に、これ以上話すのは止そうと思った。
「だが喧嘩相手にも程がある。どうせやるなら大富豪かもっと有名人とやれ」
 と十湖は言い放った。
 弥三郎には支局長という立場でこの事件の事は新聞に書きたてていたので、十湖がどこでその記事を読むとも限らないし、豊橋方面の門人たちの中から風評として出て来るともわからない。
 十湖が後で知って怒り心頭に達しても困ると思った。
 弥三郎はお茶を一口啜り一連の経過だけは説明しておこうという気になった。
 弥三郎が云うのには垢石と風葉は豊橋の地で知った仲となった。垢石は仕事がなく豊橋に都落ち、一方で風葉は尾崎紅葉死後自然主義文学が流行せず郷里の半田市に戻ってきた。こちらも都落ちで二人は酒屋で意気投合したのか以来酒友となっていた。酒の上の話はろくなもんじゃない。自慢話もあれば嘘もある。意気投合した二人はある日こんな話をしたという。
「佐藤君、僕は女弟子が一人ほしい。女弟子兼可愛がるのを世話してくれ。君は新聞記者で諸方を歩いているので何か心当たりはないか」
「ないこともない。物書きで一旗揚げたいというあんたのためなら、ひとつ骨を折ってやってもいいぜ」
ということになったらしい。このとき垢石は名古屋支局で会った女のことを思い出していた。

Lanpu

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