十湖外伝 雨後蝉(6) 歌人河合象子の生涯
二人は右往左往して川べり伝いに上がると、やがて崖上の笹原に出た。
笹の葉一面に散ったばかりの花びらが被って雪原のようだ。
辺りを見渡すと雪乃の姿がないことに気づき、田鶴はもうこの辺でやめようと思った。
その時だった。
笹原に隠れて白い器の破片を見つけた。
拾い上げてみると風雨に曝されたしゃれこうべの一部のようである。
田鶴は破片を花びらが散りばめられた花籠にそっと収めると、雪乃のところまで急いで戻った。
「ねえ雪乃ちゃん、これ見て、美しいでしょう」
息を弾ませながら雪乃に籠の中を覗かせると、そのまま自宅まで持ち帰った。
田鶴の父は山中熊之進、城中で砲術指南役を掌っている。
母は遠江国気賀町出身(現在の浜松市北区細江町気賀)で旧姓中村いしといい、祖母みとを含めて四人家族で暮らしている。
弘化元年といえば城中では藩主信宝が病死し、十八歳の信時が家督を相続。のちに名を信璋と改めた。
このころ、異国船が近海に出没して世の中が騒然としているときで、吉田藩の財政もひっ迫して内外とも多難な時期の藩主となった。
邸へ戻ると祖母が縁側で、うたた寝をしている。
「お祖母ちゃま見て」
田鶴は得意そうに云って祖母の眠りを覚まし、花籠をそっと差し出した。
「おやおや花びらに埋もれてしゃれこうべが覗いているではないか」
祖母は驚くふうもなく、田鶴の顔をじっと見つめた。
「これは昔の大将か、それともなんぞの首の骨かも知れん。うちに置いても詮無いから、どこぞの寺でねんごろに祭ってやるのがよかろうぞ」
田鶴は意気消沈しながらも祖母の言葉に従い、父熊之進が帰るのを待って供養しようと決めた。
(現在の吉田城)
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