北国紀行(13) 第428回 ( 最終回)
ここからは自動車が用意されており駅から佐野まで走る。
十湖には初めての体験である。
その自動車は屋根がズックを張ったもので、エンジンがかかると横揺れした。
「おいおい大丈夫かね。どっちへ向かって行くのか。前から人が来たぞ」
後部座席で体を丸めて十湖が叫んだ。
国道は日ごろ馬車が走っているためかでこぼこで、乗り心地はいまいちだ。疾走する先から馬車が走ってくる時はぶつからないか不安がよぎった。
それでも十湖はいたって上機嫌だ。
車の窓を開け風を切って走っている時などは句がいくつも浮かんできた。
自動車の風薫るなり夏木立
自動車や田植えの中を風切って
長かった北国行脚も五月の末には終えて、ひとり帰庵した。
帰宅して昼寝もならず高胡坐
まだ体のどこかに自動車のクッションの居心地を憶えているようで、腰の落ち着かない十湖であった。
(完)