カテゴリー「十湖外伝 雨後蝉(歌人河合象子の生涯)」の記事

天保6年三河国吉田城内で生まれ、後に上京し歌人としての波乱万丈の生涯を送る。国学者小中村清矩氏との交流は人生に多大な影響を及ぼした。

2026年4月17日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(12)歌人河合象子の生涯

 気賀での生活は田鶴も悲しみに暮れている暇などなく母の手伝いをして過ごしていた。
 といっても女の身なので家業の表には立たず裏方が主な仕事である。
 膳部などを運ぶ手伝いをするときには奉公人に交じって目立たないように気を使っていた。
 武家育ちなので言葉使いや立ち振る舞いにも隙がなく、宿泊する各藩の武家たちからは好感が持たれ、田鶴は本陣の娘として生き生きと働いていた。
 だが、心穏やかでないのは与太夫である。
 年頃のお嬢様をいつまでも仕事をさせておくわけにはいかない。
 実家へ戻って早一年が経とうとしたころ、いしが父同様突然の病に襲われ田鶴は母を失うことになった。
 二十六歳になる田鶴にとっては悲しい別れだが、本陣中村家をめぐる人々の温かい援助のおかげで、これも自分の運命と受け入れ、気丈に振る舞い日々の仕事に精を出していた。
 ある時、与太夫と道を挟んだ向いの武家屋敷河合家当主が本陣奥の間で碁を打ちながら何やら話し込んでいる。
「与太夫殿いかがだろう。そろそろ田鶴様を嫁に出しては」
「河合様、そうはいっても齢はとうにその時期を過ぎておりますので、なかなか嫁ぎ先が見つかりません」
「それは口実じゃ。本当は出したきゃないだろうが」
「はあ、わかりますか。田鶴は気立てがいいし、それに頭がいい。こんな娘を手放す親がいますか」
「それは理解しておる。しかし田鶴さまの行く末を思えば今決断するしかないだろう」
「おっしゃることはよくわかりますが、それに話が来ないことにはどうにもなりません」

Yado01

 

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2026年4月10日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(11)歌人河合象子の生涯

 最期の藩主松平信古は、動乱期の幕政の一翼を担い朝廷と幕藩体制を何とか維持しようとする幕府のはざまにあって、悩み多い日々を大坂で過ごしていた。
 いずれ熊之進には大役が来るのではと日々神経を研ぎ澄ましていた矢先、体調に異変を感じた。
 登城する日なのにいつまでたっても起きてこないのを不審に思ったいしは、寝所で既にこと切れている熊之進を発見した。
 二十五歳になった田鶴にとって、あまりにも突然の悲しい別れであった。
 安政六年(一八五九)熊之進の弔いを済ますと、祖母は山中家の親戚筋が看ることになり、田鶴らはいしの実家である気賀の里へ戻ることを余儀なくされた。 
 浜名湖北岸に位置する気賀は、田鶴には初めて訪れる地である。吉田を出て姫街道を湖岸沿いに気賀の町へと辿り着いた。
「お母さま、町は商人で活気がありますね」
 関所を無事通過し気賀の宿の中心にやってきた田鶴は、興奮気味に母に云った。
「そうですか。母の生まれ故郷は田鶴が初めて見る光景ですね」
 母の実家の本陣は、幕府が気賀に設置した本坂通り(通称姫街道)の宿場の中心にある。
 町の南端には気賀の関所がおかれ、地頭の気賀近藤氏が関所を管理している。
 東海道と比べればかなり遠回りであるため賑やかさも華やかさもない。しかも宿場も少ない。旅人の往来も格段に少ないし、関所を通るものは地元の人が多く交流が主になる。ゆえに関所の取り調べも緩やかだと言われていた。
 もともと本陣は大将が陣を構えるところであり、その宿泊場所のことでもある。
 だが太平の世になって戦乱がなくなれば武士の街道の行き来のための宿泊施設でしかない。
 本陣の客は大体が常泊としているので、なじみの顔ぶれである。
 だから客の好みを知っており、その時の献立も控えているので次に来るときは至って気持ちよく泊まることができた。
 田鶴親子が今後起臥する実家は遠州引佐気賀の本陣であり、主は代々与太夫を名乗って地元の協力を得て宿を運営している。

Himemap02

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2026年4月 3日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(10)歌人河合象子の生涯

 嘉永六年(一八五三)六月、アメリカ艦隊の浦賀への来航は、鎖国体制下の我が国に大きな衝撃を与えた。
 吉田藩では異国船退散を祈願するため領地内の惣代らを伊勢神宮に派遣し、足軽・中間を江戸に派遣するなど、これまでにはない騒々しい動きがあった。
 それから五年後の安政五年(一八五八)幕府は通商条約を結び、神奈川・長崎・箱館などを開港した。
 井伊直弼大老による安政の大獄などの政治的混乱、外国貿易による経済的混乱のなかで、吉田藩は田原藩との境、百々(どうどう)村中郷(渥美郡田原町)に防塁を築いて大砲をすえ、外国船の襲来に備えた。
 砲術指南役だった父熊之進もこの頃は忙しい毎日が続く。
 しかし、田鶴が元気になり家の中が明るくなったことで父も城中での仕事に張り合いができた。
 それに田鶴の将来のために武士の娘としての所作、教養を体得させようといしとともに田鶴を教育した。
 二人は田鶴が生まれつき勉学に対し理解と呑み込みが早く、向上心が上がっていくのを快く思った。
 そのことは和歌つくりにも反映し二十歳の頃には大人顔負けの和歌を詠んでいた。
 熊之進は筋がいいと娘の成長ぶりを城中でも自慢していたのである。
 いしは年頃となった田鶴の嫁ぎ先のことで頭が痛いが、田鶴が常に朗らかで家事一切を手伝ってくれ自分も助かっているためか、なかなか本人に言い出せないでいる。

Yoshida_gyosho_tokaido
(当時の吉田藩を描いた画)

 

 

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2026年3月27日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(9)歌人河合象子の生涯

 数日後、妻のいしが邸に出入りしている下女のふと漏らした言葉を祖母に訊ねてみたことがあった。
「憑りつかれたとき世間では法華経というものを一日に千部誦なえると必ず平癒するというのを聞いたのですが、本当に治るものか和尚さんに聞いたらいかがでしょうか」
 いしは祖母と二人で寺を訪ね、藁をも掴む思いでその旨を話してみた。
「これでやってみなされ。一か八か功徳があることを祈ります」
 神妙な顔つきで和尚は法華経の教本を差し出した。
 翌年の春再び城内の桜が散り始めていた。
 熊之進は、最近では田鶴にも変化があり作った歌を詠んで聞かせてくれると喜んでいた。
 田鶴の日課は朝から教本を唱え五百回済んだら昼を摂る。
 ある日祖母が田鶴の食事の済んだころを見計らい
「田鶴や、これ以上やっても同じこと。午後は声を大きく絞り出して残り五百回を終えたら和尚様のところへ行ってみましょう」
 祖母は田鶴に向かって優しく誘った。
「お婆様わかりました。一緒に連れて行ってください。あと五百回は大きな声が出るんです」
 突然、田鶴の口から意思のある活舌な返事が返ってきた。
 給仕をしていたいしの手が止まり祖母と顔を見合わせて唖然としていた。
 千部を唱え終えたころには、皆清々しい心持となり、しゃれこうべの憑き物が去ったと喜んだ。

Akinoike

 数日後、妻のいしが邸に出入りしている下女のふと漏らした言葉を祖母に訊ねてみたことがあった。
「憑りつかれたとき世間では法華経というものを一日に千部誦なえると必ず平癒するというのを聞いたのですが、本当に治るものか和尚さんに聞いたらいかがでしょうか」
 いしは祖母と二人で寺を訪ね、藁をも掴む思いでその旨を話してみた。
「これでやってみなされ。一か八か功徳があることを祈ります」
 神妙な顔つきで和尚は法華経の教本を差し出した。
 翌年の春再び城内の桜が散り始めていた。
 熊之進は、最近では田鶴にも変化があり作った歌を詠んで聞かせてくれると喜んでいた。
 田鶴の日課は朝から教本を唱え五百回済んだら昼を摂る。
 ある日祖母が田鶴の食事の済んだころを見計らい
「田鶴や、これ以上やっても同じこと。午後は声を大きく絞り出して残り五百回を終えたら和尚様のところへ行ってみましょう」
 祖母は田鶴に向かって優しく誘った。
「お婆様わかりました。一緒に連れて行ってください。あと五百回は大きな声が出るんです」
 突然、田鶴の口から意思のある活舌な返事が返ってきた。
 給仕をしていたいしの手が止まり祖母と顔を見合わせて唖然としていた。
 千部を唱え終えたころには、皆清々しい心持となり、しゃれこうべの憑き物が去ったと喜んだ。

Akinoike

 

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2026年3月20日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(8)歌人河合象子の生涯

 この日以来、田鶴は高熱が下がっても臥せてばかり、周囲を気にして虚ろな目で会話もなく、食事の量も減り痩せ細っていった。
 既に二年の歳月を費やしていた。
 熊之進はその姿を見るに忍びなく、何か尽くす手立てはないものかと思案の末、田鶴に和歌を教え込むことを試みた。
 熊之進は城内では和歌を嗜むことで知られ、号を五百杵という。
 歌を作ることは心に集中力をつけることになり、歌の定型を会得すれば自信にもつながる。
 田鶴が病から抜け出すきっかけになろうと淡い期待を歌作りに求めた。
 和歌のつくり方を教えると、最初は無表情だった田鶴に変化が現れ、熊之進の教えは伝わっていたかにみえた。
 そのうち書くことを勧めると、やがて枕元に詠んだ歌が書いて置いてあった。
 身の回りの出来事を一語一語嚙みしめ組み立てて和歌になっている。
 ある日熊之進は田鶴に
「号をあげよう。お前はこれから和歌の小牧だ」
 と微笑しながら言い放し、和歌を作った時には褒めた。 
 弘化三年(一八四六)祖母九十歳の賀に田鶴は和歌二首を作る。
 それを見た熊之進は書かれた半紙を手にとって
「一に曰く、ここのへの坂路やすやす行き行きて百重の山も近き君かな」
と朗々と詠みあげてみる。
「実によい歌だ。小牧は素質があるぞ」
 田鶴を前にして褒めたたえた。
 だが彼女の表情は変わらず、顔色も冴えなかった。
 熊之進は不憫な奴だと悲しみに堪えた。
Wakasyu_20210604155401

(父、熊之進の和歌集)

 

 

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2026年3月13日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(7)歌人河合象子の生涯

 熊之進が帰宅後相談し、藩内の寺で供養し埋葬することで落着したが、その夜田鶴に異変が起こった。
 高熱に悩まされ、寝ている自分を見ているようで、自分の体が遊離していく。
 歩いていく自分がいる。
   果てしなく目的地に着かない。
 何度も同じ処をさ迷い留まることがない。
 これは夢なのかと思った。
 翌日、田鶴は母が体を揺さぶっていることで目が覚めた。
「どうかしたのですか。こんな時間まで床の中にいて。今さっきまでうなされていましたよ」
 とうに朝餉の時間を過ぎている。
 田鶴は急いで起きようとするが手足に痛みを感じ起きられず、母に応えようとするも声が出ない。
 やっとの思いでうつ伏せになり嗚咽した。
 その日はそのまま床に就いていた。
 三日目の朝、竃で飯を炊く母の姿が見えた。
 田鶴は熱も下がって起き上がり落ち着いている。
「今日は体調が良さそうね。熱が下がったかしら」
 母が背を向けたまま云った。
「ええ、今朝はとっても気持ちがよくって」
 田鶴が母に応えたその時、竃の中の炎が目に映った。
 途端に不断と違う声をあげ、恐ろしい形相で母の動きを目で追っている。
 田鶴は頭を押さえ体を固くしてその場に座り込んでしまった。
「あゝ炎が恐ろし、私は燃えてしまう」
 土間へ降りるなり、張り裂けんばかりの声をあげた。登城前の熊之進が寝間着姿のまま田鶴に近づくと
「私は火が恐ろしゅうございます。あの火は家を焼き、人をも焼き尽くします」 
 熊之進は田鶴の叫びを押さえ、やっとの思いで寝かしつけた。
「熊之進、田鶴にはどうも憑き物があるようじゃ。火を見ればわが身に燃えつくように覚え、戦の様子が見えて恐ろしく感じるようだ。霊なのか狐なのかそれはようわからぬが、何かに取り憑かれている」
 祖母はいたって冷静に熊之進に説いた。

Tubakitosakura

 

 

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2026年3月 6日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(6) 歌人河合象子の生涯

 二人は右往左往して川べり伝いに上がると、やがて崖上の笹原に出た。
 笹の葉一面に散ったばかりの花びらが被って雪原のようだ。    
 辺りを見渡すと雪乃の姿がないことに気づき、田鶴はもうこの辺でやめようと思った。
 その時だった。
 笹原に隠れて白い器の破片を見つけた。
 拾い上げてみると風雨に曝されたしゃれこうべの一部のようである。
 田鶴は破片を花びらが散りばめられた花籠にそっと収めると、雪乃のところまで急いで戻った。
「ねえ雪乃ちゃん、これ見て、美しいでしょう」
 息を弾ませながら雪乃に籠の中を覗かせると、そのまま自宅まで持ち帰った。
 田鶴の父は山中熊之進、城中で砲術指南役を掌っている。
 母は遠江国気賀町出身(現在の浜松市北区細江町気賀)で旧姓中村いしといい、祖母みとを含めて四人家族で暮らしている。
 弘化元年といえば城中では藩主信宝が病死し、十八歳の信時が家督を相続。のちに名を信璋と改めた。
 このころ、異国船が近海に出没して世の中が騒然としているときで、吉田藩の財政もひっ迫して内外とも多難な時期の藩主となった。
 邸へ戻ると祖母が縁側で、うたた寝をしている。
「お祖母ちゃま見て」
 田鶴は得意そうに云って祖母の眠りを覚まし、花籠をそっと差し出した。
「おやおや花びらに埋もれてしゃれこうべが覗いているではないか」
 祖母は驚くふうもなく、田鶴の顔をじっと見つめた。
「これは昔の大将か、それともなんぞの首の骨かも知れん。うちに置いても詮無いから、どこぞの寺でねんごろに祭ってやるのがよかろうぞ」
 田鶴は意気消沈しながらも祖母の言葉に従い、父熊之進が帰るのを待って供養しようと決めた。

Yosidajyo

(現在の吉田城) 

 

 

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2026年2月27日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(5) 歌人河合象子の生涯

 古美術商の大崎は象子に関する遺品の中から、庫太郎が刊行した「河合象子遺稿」を繰り返し読み続けていた。
 戦時下という世相の業務多忙な時代を背景にして、庫太郎が象子の生涯を遺稿として上梓するに至った理由をもっと深く知りたいと思った。
 遺稿の始まりは江戸時代へと遡っていた。

 三河の国吉田の里は今の豊橋市にあたり、幕藩体制下で吉田藩の藩庁が置かれ、東海の重要な防衛拠点であった。
 吉田城は豊川の流域を背後にもち最後に入った城主は、大河内松平家である。
 この城が築かれたのは戦国時代初期の千五百年代と古く、敷地内の桜も同様の歳月を経ているので古木も多い。
 中でも天守の西方に広がる馬場付近は、桜の馬場とも称され城下でも知られる桜の名所でもあった。
 弘化元年(一八四四年)、十歳になった少女田鶴は、その桜の馬場に近所の同じ年の雪乃と連れ立って、豊川の流れを眼下に治めつつ花籠を持って遊びにきていた。
「早いわね。もうこんなにも散っちゃって」
 雪乃は嬉しそうに散った花びらを籠に納めている。
 風で散る花びらのほか、鳥が蜜を吸い花の付け根から切り取って落としたものも多い。
 田鶴は手に取って笑みを浮かべながら雪乃に見せると、そのまま花籠へ入れた。

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2026年2月20日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(4) 歌人河合象子の生涯

 翌年、庫太郎が待ちに待った帰朝の前日である。
 日銀ロンドン支店に於いて送別会が開かれている会場に一人の若い男性行員が飛び込んできた。
「庫太郎さんにご自宅から電報です」
 渡された電報を読んだ庫太郎の顔が色を失くし、天井を仰いだ。
 会場内は一瞬静寂に包まれた。
「お別れの挨拶中にすみません。大切な伯母が昨夜亡くなったとの知らせでした」
 そう云って庫太郎は次の言葉が出なかった。
「君にはいろいろ世話になった。心からお悔やみを申し上げる。本日の挨拶はここまでにして、急いで帰朝の準備をしたまえ」
 上司は居並ぶ行員を前に機転を利かせて帰るよう説得した。
 庫太郎には母親同然の人の死に、じっとしていられない衝動に駆られていた。
 翌日、同僚への別れのことばもそこそこにロンドン支店を去る。
 帰朝して引佐気賀の自宅にたどり着いた時は電報から既に一ヶ月を経過していた。
 会葬者のいない仏間で家族らから生前の様子を伺いつつ墓参りも済ませた。
 懐かしい伯母の身辺の品を手に取り、涙無くして見ることはできなかった。
 大学まで卒業させてもらい就職できたのは、伯母の苦労なしでは達せなかったことだった。
 滞在数日にして日銀本店からの連絡で庫太郎は現実に呼び戻された。
 本店での業務を再開することになっていた。
 入行して以来すでに十年の歳月が流れており中堅行員としての責務は重大な局面に至っていた。
 二年前に日本へ帰って以来ロンドンでの活躍が認められて、日銀の最新知識を持ちうる行員として評価されていたのだ。

01
(庫太郎の人名録、他に上下巻があった)

 

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2026年2月13日 (金)

十湖外伝 雨後蝉(3) 歌人河合象子の生涯

 明治四十一年(一九〇八)七十四歳になった象子は東京を離れ庫太郎の邸に寄寓していた。
土塀で囲まれた屋敷は季節の花が咲き誇り、好きな和歌がいつでも詠める。
つくづく東京を離れてよかったと年相応の安ど感が心を巡っていた。
同年七月二十三日そろそろ梅雨が明けるかと縁側の硝子戸越しにそぼ降る雨を見つめていると、鈴木家の孫娘が大きな声を上げて廊下を走ってくる。
「伯母さま、お手紙です」
「まあ、そんな大きな声で言わなくても聞こえていますよ」
振り向くと孫は封筒を手で振ってみせた。
「庫太郎叔父様から国際便よ、早く読んでみてくださいな」
象子のもとに庫太郎から国際便の手紙が届いたのだ。
 東京にいたころは、手紙が届いたことはない。同居同然だったし、お互い多忙で顔を合わせることが少ない毎日だった。だがこの日の手紙は国際便の横書きの封筒で初めて目にした。
「おやまあ、これは英語かしら。私にはわからないわ」
象子は驚いた様子でニコニコしながら手紙を眺めていると、側か
ら孫娘が読んであげるといって開封し始めた。中は日本語で書き綴られていた。
「庫太郎から象子さまへ お誕生日おめでとう。お元気でお過ごしですか。私がいなくてきっと寂しい思いをしてなさることでしょうね。ロンドンの仕事も大きな山場を越え、こちらの残務処理を終えたら一旦帰朝する予定です」
 孫がペンで書かれた字をたどたどしく読み進むうち
「帰朝ですって、何年振りかしら庫太郎の顔を見るのは」
 象子の顔が紅潮し笑みが毀れた。
雨が止み庭の樹木の葉からは雫が滴り落ちると、雨音に代わって蝉の声が降ってきた。

 

 

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Ikousyo10_20260204155301                       (象子の屋敷)

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