十湖外伝 雨後蝉(12)歌人河合象子の生涯
気賀での生活は田鶴も悲しみに暮れている暇などなく母の手伝いをして過ごしていた。
といっても女の身なので家業の表には立たず裏方が主な仕事である。
膳部などを運ぶ手伝いをするときには奉公人に交じって目立たないように気を使っていた。
武家育ちなので言葉使いや立ち振る舞いにも隙がなく、宿泊する各藩の武家たちからは好感が持たれ、田鶴は本陣の娘として生き生きと働いていた。
だが、心穏やかでないのは与太夫である。
年頃のお嬢様をいつまでも仕事をさせておくわけにはいかない。
実家へ戻って早一年が経とうとしたころ、いしが父同様突然の病に襲われ田鶴は母を失うことになった。
二十六歳になる田鶴にとっては悲しい別れだが、本陣中村家をめぐる人々の温かい援助のおかげで、これも自分の運命と受け入れ、気丈に振る舞い日々の仕事に精を出していた。
ある時、与太夫と道を挟んだ向いの武家屋敷河合家当主が本陣奥の間で碁を打ちながら何やら話し込んでいる。
「与太夫殿いかがだろう。そろそろ田鶴様を嫁に出しては」
「河合様、そうはいっても齢はとうにその時期を過ぎておりますので、なかなか嫁ぎ先が見つかりません」
「それは口実じゃ。本当は出したきゃないだろうが」
「はあ、わかりますか。田鶴は気立てがいいし、それに頭がいい。こんな娘を手放す親がいますか」
「それは理解しておる。しかし田鶴さまの行く末を思えば今決断するしかないだろう」
「おっしゃることはよくわかりますが、それに話が来ないことにはどうにもなりません」
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