俳人十湖讃歌 第141回 活命料(8)
十湖は二人のやりとりを聞きながら、この二人仲がいいなと少しやきもちを感じた。
「まあいい。遠いところをこの暮れにきて貰ったのだ。どうだ一杯飲んで行け」
十湖はふたりに勧めた。
側にいた佐乃が後ろでじっと中の様子を伺っていた人力車夫に声をかけた。
「松五郎さんも良かったら、一緒に中にお入りなさいな」
十湖の馴染みの車夫である。佐乃は良く気が利く。
おかげで暮れも、金はなくても口に入るものは手に入った。
蓮台のいう「持つべきは友」かと、つぶやきながら、近くの寺から響く百八つの鐘を聞きながら、年を越した。
邸に隣接する庵でも、弟子たちが貰った酒で盛り上がっていた。
年明けて 勅題 新年梅
新しきものなりふたつ年の梅
一月四日年中行事の年賀は忘れなかった。
七十二峰庵の年賀とは、農学社と報徳会の初講座を邸内で開催し、参会者には必ず二汁五菜以上の食事を供応することである。
午後には正式俳諧を開く。最近では各自野菜、魚、酒を持ち寄って参加するようになった。佐乃が旨く立ち回って呉れていた。
昨年暮れに発した「活命料」寄付募集の反響はすこぶる大きかった。
締め切りを一月三十一日としたため、月末は全国から続々と申し込みが殺到した。中には句会の賞にするので芭蕉像に十湖の句を書いたものを別に注文してくるものもあった。
弟子たちは大わらわであった。
一部の新聞では十湖の活命料のことを面白おかしく記事にして、資産家金原明善と比較していた。
ところでこの時代、新語が生まれたとき、辞書に掲載されることになったのだろうか。
活命料・・・「―生きることに必要な金、別名世渡り料金、清貧の俳諧宗匠を養う寄付金のこと」 (完)
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