俳人十湖讃歌 第233回 再会(11)
紙が用意されると会場は車座になって十湖の筆に見入っている。
早い、勢いがある、書いて書いて書きまくる。
書きながら十湖は腹の中でこう囁いていた。
――骨董屋という商売は大政治家だろうが文豪でも何でも構わず少し豪いと云われる人間には片っ端から値段を付ける。相手が金釘流でも、よしんば書けない人でも頓着しない。その骨董屋がわしに書いてくれといって来れば、いくらでも書いてやる。骨董屋は値踏みをして謝礼を出すはずだ
「宗匠この辺でいいでしょう。たくさん書いていただきました」
骨董屋はこれ以上書かれては謝礼金を多く包まなくてはいけないことに心配してたのだ。
揮毫したものを手にすると、骨董屋はやがて恭々しくも一封を盆にのせ十湖に差し出した。
中を覗くと猪が二三匹白い眼で収まっていた。猪紙幣一枚が十円札であるからして二三十円と云う額である。
十湖はそのまま懐に収めるかと思っていたら、盆のまま手伝っていた仲居の八重にやって仕舞った。
八重は恰も越後獅子のような顔に、礼を出した骨董屋は鯱のような眼で盆を睨んだ。
会場にいた客蓮の眼は一度に笑いだし、句会の座は円満のうちに終了した。