俳人十湖讃歌 第235回 再会(13)最終回
十日後の二十一日、十湖は福井にいた。目の前の大火の惨状を見て呆然と佇んでいた。
「ひどいのう。わが町でも大火はつきものだが、これほどまでに焼失するとは悲惨だ」
ちょうど十湖ら一行が訪れる前に焼失家屋五百六十戸という大火が福井であった。
昨年もちょうど同じ月に四百三十戸の大火があったばかりであった。
取材のため付き添っていた福井新聞の記者に
「わしからも義捐金を届けたい」
と十湖は告げ直ちに金五円を渡した。
焼跡や素建のいえのさみたれて
この日は一日中沈痛な面持ちで市内を回っていた。自らゆかりの神社、仏閣を訪ね吟行に努めていた。
あくる日十湖が心待ちしていた永平寺に入る。福井の宗匠や十湖の地元門下生らが後に続き、付き従う一行の総数は日ごとに増していった。
十湖が来たことを知った寺側は般若湯を持って歓迎したところ、
「わしが酒を好きだからと用意してくださったのか。申し訳ない」
いささかご機嫌で十湖は丁重に挨拶をした。
法会は二日後の事なので、今日はゆっくり座談を楽しもうということになった。
すると寺側からひとつの提案があった。
「宗匠に俳諧に関する講話でもお願いできるかどうか」
「せっかくだから般若湯を傾けながらなら、やるしかないのう」
十湖は寺側の同行者を含め、「俳禅一味」の妙を説いた。
二日後永平寺僧衆百五十余名をお願いして、芭蕉翁をはじめ百余名の俳人らのために盛大な追弔法会を営む。
翌朝の各新聞は、盛大の催しが十湖の手で行われたと報道していた。(完)






