勘違い
この日二人は別々に駅のホームに向かった。
私は下りホームへ、彼は上りホームへ。
この時間にしては珍しく、下りホームは多くの乗客が横一列に並んでいた。
一方上りホームは彼一人である。
対面して目があったせいか彼は私に向かって手を振った。
私もすかさず手を振って別れの挨拶をした。
彼は笑顔で応えた。
このときである。
下りホームにいる私の周囲からざわめきが起こった。
「ねえ、あの人だれ?」
「あなたの知り合いなの?」
女性客グループなどから、あちこちで呟きが聞こえてくる。
向い側ホームの彼が手を振って笑顔を見せたことが、女性たちの関心事となっているのだ。
私と彼との別れの挨拶に過ぎないのに、なぜか勘違いされているようだ。
向かい側は人気配がないから、単なる仕草が対岸のホームでは気に懸っている。
原因はそれだけではない。
もし向かいの彼がイケメン男だったら、きっとこんなことにはならなかっただろう。
現実は八〇歳を過ぎた老人が、唐草模様の風呂敷をいかにも重そうに担いでベンチに腰を降ろしている。
だから女性客には不審人物?とみなされているようだ。
かつて東京ぼん太というコメディアンがいた。唐草模様の風呂敷包みを背負ってテレビで「田舎っぺ」を演じていたことがある。
唐草模様は人を貧相に見せるのか、この日の女性客の素振りには冷たいものを感じてしまった。
やがてホームに下り電車が滑り込む。
何事もなかったように女性客は車内に乗り込んでいった。
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