カテゴリー「写真」の記事

2023.01.31

おどる胞子たち

 2021年春から栽培をはじめたシイタケのほだ木に、昨年の年末からシイタケが次々と生えてきた。
 まさかこんな冬に出はじめるのかといぶかしげつつ毎日観察することに。
 子供時代の好奇心に火がついた。
 立てかけておいたほだ木の表面ばかりではなく、裏側にも大小さまざなかさがニョキニョキ現れている。
 この様子に写真家の埴しゃぼん氏の写真集を思い出し、胞子が見えるのはいつか?
 すでに胞子は毎日出ていたことを知る。
 昼間に見えないのなら夜間に見るしかない。照明を当てて逆光で観察すると、白い粉が舞っている。
 そして撮れた写真がこれ。胞子たちが踊っている。
 大きく息を吹きかけると胞子が舞いあがり渦を巻く。
 カメラを据えてこの日一晩中ひとりで悦に入っていたのであった。
Odoruhoushi

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2022.12.01

鯉が飛んだ

 最近は天候の急変が忙しい。
 予報はかなり正確な時間を伝えてくれるが、雲の動きの早いことこの上ない。
 地域によって雨模様が左右されるようだ。
 この日、久しぶりに紅葉を満喫しようと市内の四ツ池公園へと足を向けた。
 近づくにつれ紅葉の進み具合がよくわかる。
 黒い雲がまもなく来るだろうとの不安があったものの、傘は持たずに歩き始めた。
 天候のせいか散歩中の人影は少なく、池で魚釣りをする老人たちがときどき見かける程度。
 秋が深まったこの日さすがに平日は静かである。
 鴨が三羽泳いでいたところでアングルを決め撮ろうとした瞬間、鯉が飛んだ。
 シャッターチャンスはものにできただろうか。
 予想もしなかった出会いは暗雲立ち込める天候がもたらしたようである。
 鯉は2度飛び跳ねて飛沫を上げた。
 そのたび周囲に大きな水音が響き、同時に連続シャッターの音が耳にせわしかった。
 やがて池は何事もなかったような静寂に戻っていた。
     鯉飛んで後に音なし秋の水
 誰の句だったか思い出せないが、目の当たりで起きたシーンそのものであった。

Coihaneru

 

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2022.10.10

そばの花と木喰上人の歌

 今年もそばの花が満開である。
 かつては荒れ地対策としてそばを作るところもあって、そう珍しい光景ではなくなった。
 それに輪をかけて当時のテレビ番組みの影響もあり市内のあちこちの空き地に個人で育てる方が目立っていた。
 だが、ここ最近はその耕作場所が住宅に変わり、はたまた空き地と化しているところもある。
 作る方の高齢化もあるのかと思うが、私はなんとか10坪程度の畑でそばの栽培は続いている。
 家庭菜園のため種まき時期が遅くなり、どうしても苗の背丈が低くなってきている。
 それでも菜園近くを散歩する人には眼の保養となっているかもしれない。
 以前、木喰上人のことに関心があって、その故郷ともいえる場所を訪問したことがある。
 山間にそばの栽培をしている場所があり、まさに花の真っ盛りであった。
 その時に思い出したのが「盛(森)がよければ二八ソバ・・・」木喰上人は日本を遍歴中にそばを対象に和歌も残している。
「心願歌集」の遠州森、虫生で詠まれた八十八首の中にこんな歌があった。

  けんどんや そバによるのも からみかな
    もりがヨケレバ ニ八十六

  木喰上人も遠州森町でのそばを食べたのかと思うと、一層身近な人物に感じられる。

Soba20221

Tukitosoba
(我が家のそばと満月)

 

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2022.03.01

神の中に梅の花

 遠州森町の奥でひっそりと春を迎えようとしている小國神社に梅の香を求めた。
 2月末日であっても日本海方面は雪、遠州は相変らず冷たい風が吹いていた。
 それでも各地で梅の便りが聞こえるので足を運んでみた。
 この日が天皇誕生日が過ぎたばかりだと知ったのは、駐車場から望む神社方面に日の丸の旗が翻っていたから。
 さて開花状況はいかがかと周囲を見渡すが、目立つのは河原沿いの梅程度。
 せっかくなので、神様を参拝して境内を散策した。
 本格的な観梅には少し気が早かったようだが、気分転換にはなった。
 むしろ神杉の花粉を一杯被ってきたせいか、くしゃみの連続。未だアレルギーが治っていないことを再認識した。
 当日の模様は下記のマイフォトでお楽しみください。
 L1000633_1381
  神の中の梅の花

 


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2021.07.10

足元の世界に視点を置く

 コロナ禍の中、写真を撮りにいけないとぼやく写真愛好家がいる。
 しかし、足元や空を見上げれば撮れるものはいくらでも存在しているのだから、彼らの悩みは解消されるはずだとおもうが。
 その足元を見てみると趣味の世界が展開されている。
 街には街並み、構築物、マンホール、標識、看板それに働く人々、そして雑草などである。
 家庭の庭には季節の花が順次咲いている。
 遠くへ出かけられない時は育てている花に着目、今日はフウラン、風蘭ともいうがなかなか格調高い名で今が盛り。
 樹上に着生するランで香りの高いものがあるという。
 園地に咲く花と違い栽培種を撮るとなると、アングルが案外むつかしいものだと気づかされた。 Furan02
Furan01

 

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2021.07.06

ゴマダラカミキリムシを飼う

 帰宅して玄関で靴を脱ごうとした時、背中から虫が「ポトン」と落ちてきた。
 どうやら自宅の菜園から連れてきてしまったらしい。
 せっかくなので飼うことにしたが、エサは何を食べるのかわからずネットで検索したところ、おかげさまで食べて元気でいる。
 虫類は畑では嫌われる。
 最近ではオオタバコガの幼虫がトマトに大きな穴が開け人間様より先に味見をしている。
 そんな虫でもこのカミキリは愛嬌がある。
 気温が低いのか昨日はじっと動かず死んだのかと心配させた。
 今日は鬱陶しいくらいの気温で30度は越えただろうか。昨日とうって変わっての弾けるような動きをしている。
 この元気がいつまで続くのか。
 人間様も夏バテしないよう今から健康管理に気を使っている。
 Gomadarakamikirimusi01
 

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2021.06.02

お田植祭の早乙女はしおらしいかった

 なかなか泥田に足を入れるのは抵抗があるらしい。
 地元小学校の児童6人が早乙女になり田植えのお手伝いをした。
 コロナ禍の中一時は開催が危ぶまれたが、天候上々で水田は児童らのしおらしい声が弾んでいた。
 記者に問われると「ぬかるんだ足だけど、楽しかった」との感想だ。
 例年行われる浜松市北区引佐町の井伊谷宮の年中行事で、昨年は早乙女なしで行われたそうだ。

 久々の開催は地元カメラマンのシャッター音が途切れることはなかった。

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Otaue032
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2021.02.01

湿地冬枯れ

 昨夜の大河ドラマ「麒麟が来る」では、天へ伸びる大木を切り倒そうとする光秀の夢の場面が印象的だった。
 その影響なのか今朝は地域内の森林公園を散策する。
 別にその大木を探すわけではないのだが、自然と足が向いていた。
 鳥のさえずりを追いかけながら湿地帯まで来ると水が枯れ静寂ばかり、色があるとすれば木陰のマンリョウと散り残る椿の花程度。
 時折聞こえる忙しそうなジョウビタキの鳴き声にカメラを向けた。
 この季節餌も少ないのに、渡ってきたころより大きくなっているようだ。
 むやみと広い湿地帯の縄張りを孤独にも一羽で守っている。
 Sicchi01

Sicchi02

Sicchi03                  (浜北森林公園)

 


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2020.12.21

すずめのお宿

 突然、集団の鳥の鳴き声に振り返ると、天井が抜けたビニールハウスのほね組みに鳥がびっしり並んでいる。
 立ち止まって観察すれば、すずめの群れのようだが、普段見かける鳥よりも大きく肥えているようである。
 渡り鳥のジョウビタキの場合は、日本で越冬中に豊富な栄養を取り入れて太るのを見たことがあるが、すずめは渡り鳥ではない。
 ハウスの中には草茫々の枯れ草ばかり。その周辺は耕され口に入るものは何もない。
 そのせいか鳥にとっては冬空の下、唯一の食糧倉庫でもあるのだろうか。
 すずめが肥え太る原因は、このためか。すすめにはえさ場となるお宿である事には間違いなかろう。

 話は変わるが、作家の夏目漱石がロンドン滞在中、アパートから見える鳥の名を女中に訊ねたことがあった。
 漱石はあまりにも大きいので鴨だと思っていたところ、「女中はすずめです」と応えた。
 漱石はイギリスでは何もかも大きいのに、すずめまで大きいのかと知ってびっくりしたと明治34年1月の日記に記されている。
 ならば写真の鳥はすずめであって、イギリスのすずめ同様大きく育ったのか。
 いやそんなことはない。やはりムクドリではないのかともう一人の自分が反論する。
 まあそんなことなどどうでもいい。
 たわいもない冬の風物詩であった。

Suzumenooyado

 


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2020.12.08

四五の写真ガラス乾板

 写真ガラス乾板からプリントする機会が巡ってきた。
 縦12cm、横16cmの大きさで傷みはなく、スキャンをすれば今の機材で簡単にできる。
 こうして映し出されたのが下記の写真だ。
 意外にも色落ちもなくシャープな画像であり、気になるのはそれぞれの人物の明るさだ。
 おそらく現像者は撮影後の修正に汗をかいたのだろう。女性はやはり色白で美人でなくてはいけないだろうし。
 プリント時に手を加えずだとこんな写真になってしまう。
 しかも当時のプリントは今となっては色が抜け黄ばんでいるのが現状だ。
 白黒フィルムでさえ、何十年もの歳月を経れば、人物の輪郭すら映し出すのがむつかしい。
 だがガラスの乾板ならそれはない。割れない限りは永久であるようだ。
 ちなみにこの乾板は封筒に入れられ裏に「大阪・日本橋 松坂屋」と記されていた。
 撮影時期は松坂屋ができた1923年以降である事が推察される。
 45kanpan

 Kurataro
 (鈴木庫太郎一家)

 


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